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ドラゴンズ温故知新!03「抑え投手」編~岩瀬仁紀に続く「切り札」は誰?

ドラゴンズ温故知新!03「抑え投手」編~岩瀬仁紀に続く「切り札」は誰?
ドラゴンズ温故知新!
論説室コラム

ドラゴンズ温故知新!03「抑え投手」編~岩瀬仁紀に続く「切り札」は誰?

 2019年12月28日(土) 10:10
北辻 利寿
北辻 利寿

中日ドラゴンズは2020年に球団創設84年目を迎える。伝統あるその球団史は数多のスター選手に彩られ、熱き戦いの記録と記憶をファンの心に刻みつけてきた。筆者が独断で選んだ歴代ベストナインと現役選手を比較しながら、7年続くBクラスからの脱出に向けて、新たなシーズンへの期待と応援を届ける連載企画である。
第3回のテーマは「抑え投手」。(敬称略)

リリーフエース輝くドラゴンズ

ドラゴンズにとって「抑え投手」という存在は特別なものである。「セーブ」という記録が導入された1974年(昭和49年)に初代セーブ王に輝いたのが、エース星野仙一だった。翌年には「速球王」鈴木孝政がドラゴンズから2年連続の最多セーブ投手となる。“タカマサ”は3年連続で最多セーブタイトルを取る。続いて小松辰雄、「スピードガンの申し子」と呼ばれた。フォークボールと頭脳的なピッチングで活躍した牛島和彦。そして1988年(昭和63年)リーグ優勝の胴上げ投手となった郭源治。現監督の与田剛、そして森田幸一はルーキーとして「抑え投手」をつとめ、この2人でドラゴンズは2年連続で新人王を出した。そして「韓国の至宝」宣銅烈(ソン・ドンヨル)。星野仙一監督らの伝統の背番号「20」を背負って1999年(平成11年)の胴上げ投手となった。

歴代ベストナインは「岩瀬仁紀」

宣銅烈が神宮球場のマウンドで両手を突き上げて優勝の瞬間を迎えた同じ年、中継ぎとして65試合に登板したのがルーキー岩瀬仁紀である。岩瀬が“稀代のストッパー”となった節目の年は、落合博満監督が指揮を取り始めた2004年(平成16年)だった。“伝家の宝刀”スライダーはじめ多彩なボール、そしてピンチでもまったく動じないマウンドさばきによって、その年は22セーブを挙げてリーグ優勝に貢献。翌年にはシーズン最多の46セーブを挙げ、プロ野球新記録(当時)達成すると、一気に“日本を代表する抑え投手”の座へと上り詰めた。それまで「スピードボール」「豪速球」によるクローザーが多かった中、「球のキレ」「メンタルの強さ」「駆け引きの巧みさ」など総合力で勝負した岩瀬。2018年に引退するまで1002試合に登板、通算407セーブを積み重ねた。抑え投手へと役割変更されるまでのセーブ数はわずか6だっただけに、いかに岩瀬がリリーフエースとして素晴らしかったか、歴史が証明している。

ベストナイン選考理由

岩瀬投手の通算407セーブは、今後おそらく誰も破ることはできない大記録だろう。それだけでも、歴代ベストナインに選ばれて当然なのだが、ここに入っていない408セーブ目の試合こそが「クローザー岩瀬仁紀」の真骨頂だと言える。2007年11月1日ナゴヤドームでの日本シリーズ第5戦。北海道日本ハムファイターズを8回までパーフェクトに抑えていた先発の山井大介に代わって、9回のマウンドに立った岩瀬は三者凡退で締めくくり、ドラゴンズに53年ぶりの日本一をもたらした。岩瀬自身が最も印象に残るゲームにあげている。投球数は奇しくも背番号と同じ「13」球。岩瀬仁紀をドラゴンズ歴代ベストナイン「抑え投手」に選ぶことに異を唱える人は誰もいないであろう。

鈴木博志から岡田俊哉へのジレンマ

岩瀬仁紀の後継者、ポスト岩瀬は誰なのか?決まりそうで決まらなかった2019年シーズンだった。開幕前に与田剛新監督の腹は決まっていたと見られる。それは2年目の鈴木博志だった。米メジャーリーグを代表するクローザー、クレイグ・キンブレルに憧れ、背番号の「46」も、投球に入る前のルーティンポーズも同じにしていた鈴木は、シーズン当初はそれなりにゲームを締めくくった。打たれたゲームもあったが、見る見るうちに14のセーブを積み重ねて、オールスターゲームの選考が始まるまではセ・リーグの最多セーブ投手だった。しかしやがて2軍落ち。シーズン後半にクローザーを担ったのは、10年目の左腕・岡田俊哉だった。2017年には侍ジャパンにも選ばれた岡田だが、血行障害に悩まされ手術、ほぼ1シーズンを治療に費やした後の復活だった。岡田は13セーブを記録した。抑えた試合もあれば、痛恨の逆転負けもあった。セーブを挙げたゲームでも、ファンとしてはハラハラさせられたことが多かった。ポスト岩瀬の答は持ち越された。

2020年シーズン展望

その投手が締めのマウンドに上がったら、味方の選手もファンも「勝った」と思い、相手の選手とファンは「負けた」とあきらめる。ドラゴンズ球団史に名前を刻んできた多くの「抑え投手」たちは、そんなリリーフエースだった。いち早く「投手分業制」に舵を切った先駆者ドラゴンズにとって「リリーフエース」という存在は、チームの根幹に関わる極めて重要な存在である。中日ドラゴンズというチームの屋台骨なのだ。その役割を誰に託すのか。2020年開幕に向けて、春季キャンプからオープン戦への最重要課題である。

【CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】

※中日ドラゴンズ検定1級公式認定者の筆者が“ファン目線”で執筆するドラゴンズ論説です。著書に『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』『竜の逆襲  愛しのドラゴンズ!2』(ともに、ゆいぽおと刊)ほか。

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