真珠湾攻撃の歴史から消された「日本人捕虜第一号」太平洋戦争開戦から80年。空と海からハワイの真珠湾を攻撃したその裏で、歴史から名前を消されたある日本兵がいました。JNNライブラリーに残る貴重な映像とともに家族らの思いを追いました。「平和のためのリメンバー・パールハーバーに」(酒巻和男さん)真珠湾攻撃の歴史の1ページから存在が消されていた一人の日本兵がいました。海軍少尉・酒巻和男(さかまき・かずお)です。2人乗りの特殊潜航艇5艇で出撃したものの、酒巻艇はジャイロスコープの故障で座礁。部下の稲垣清(いながき・きよし)と2人で海に飛び込み逃げましたが、稲垣は亡くなり、酒巻は一人アメリカ兵に捕らえられました。太平洋戦争の「日本人捕虜第一号」となったのです。「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ」(東條英機)「捕虜になるくらいなら命を絶て」という教え。東條英機が伝えたこの「戦陣訓」は当時、国民に広く浸透していました。真珠湾攻撃から3か月後、“お国のために命を捧げた”9人は「九軍神」として発表されましたが、酒巻の名はどこにもありませんでした。家族にも語らなかった酒巻和男の戦争とは?CBCテレビ「チャント!」2021年12月8日放送