難攻不落と称される中日クラウンズの舞台「和合」。石川遼は「大好きなトーナメント」だと話す。2010年に当時の世界最少スコア58を叩き出したとき、石川はとにかくドライバーで攻め続けた。石川遼選手(C)CBCテレビ「当時は当時の自分なりの考えがあり、この狭いコースをドライバーで打っていける技術が必要だと思った。2010年はマックスの回数、ドライバーを握っていたとき。それに比べるとこれからゴルフを続ければ続けるほど、毎ホール刻むようになっていくのかなと思った」石川遼選手(C)CBCテレビ確かに、石川は和合でドライバーを握る回数は減ってきていた。しかし、それはその時々でベストの選択をしてきただけだという。そしていま、スイングを一度見直し、飛距離を伸ばすことを目指しているなかで、新たに見えてきたものがある。「コースの見え方、自分が変わることによって、コースが違ったように見える。いままで、なんでこれをやってこなかったんだろうと思った。ドライバーを持つ回数がまた和合で増えてきているし、去年は特にそれを感じた」石川遼選手(C)CBCテレビいつかまたドライバーで果敢に攻め続けるときが来るかもしれない。でもそれはイチかバチかではなく「確固たる自信に基づいた選択」であることを石川は目指している。再び、難攻不落の和合をドライバーで攻め続ける石川の姿が見られるかもしれない。石川自身「オフにやってきたことを和合で出していくのが楽しみ」なのだという。石川遼選手(C)CBCテレビ◆石川遼(いしかわ・りょう)1991年9月7日生まれ埼玉県出身175センチ75キロ杉並学院高校卒プロ転向当初は「1ヤードでも飛ばす」ことを自分の使命に感じていた当時はティーショットでどのグラブを持つか悩むことがなかった途中悩むようになった時期もあったが最近ではまた悩むことがなくなったドライバーの回数が増えてきたら「それだけ自分が上手くなれている証拠」と話す