実は日本初!名鉄百貨店の思い出「回るお菓子の量り売り」
名古屋駅前の商業施設「名鉄百貨店」が2月末をもって閉業し、71年の歴史に幕を降ろしました。東海地方初のターミナルデパートとして長年愛されてきた百貨店なだけに、地元民からは閉業を惜しむ声が上がりました。実はこの名鉄百貨店、昭和を代表するあるものを日本で初めて設置した場所でした。3月2日放送のCBCラジオ『つボイノリオの聞けば聞くほど』では、つボイノリオと小高直子アナウンサーが自身の思い出を語りながら、名鉄百貨店にまつわる投稿を紹介しています。
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「閉店日に名鉄百貨店へ行ってきました。55年前、祖母に連れられて行ったのが最初の記憶です。回転するお菓子売り場があったことが、こどもの頃の記憶に鮮明に残っています。名鉄百貨店は私の生活の一部でした」(Aさん)
「こどもの頃からお買い物は名鉄百貨店でした。母の買い物に着いていって、帰りに回転するお菓子の量り売りを買ってもらうのが楽しみでした。名鉄百貨店には幸せな思い出がいっぱいです」(Bさん)
回転するお菓子売り場、と聞いてピンとくる人は昭和世代なのではないでしょうか。円形の陳列台に様々なお菓子が並べられ、くるくる回っているところから好きなものを取って購入するという、量り売りスタイルのお菓子売り場です。
小高「こどもにとってはワクワクするんですよね」
つボイ「私も父親に連れて行ってもらった記憶があります。『ゼリーは取るな』と言われたものです」
クッキー、ラムネ、おせんべい、チョコレート、こんぺいとうやウエハース…色とりどりのお菓子が目の前で美味しそうに回っている様は、こどもにとっては夢のような光景です。
わくわくしてついつい取りすぎてしまいそうですが、なにせこれは量り売り。つボイ家では重量のあるゼリーは禁止されていたようです。
あの頃のデパート
1954年に開店した名鉄百貨店は、東海地方初のターミナルデパートでした。愛知だけでなく岐阜や三重など、地方に住む人たちにとっては電車から降りてすぐに買い物ができるという事で、その好立地もあって瞬く間に人気を集めました。
一宮出身のつボイも当時を振り返ります。
つボイ「一宮から名鉄に乗って出てきたら、そこでもう買い物が済む。地方都市の方はみんな名鉄百貨店に行きましたよ」
「あと5分、坊やのお土産名鉄で」という名鉄百貨店のキャッチフレーズが、その利便性を物語っています。
つボイ「私のような年代の人にとって、最初のデパート経験は名鉄百貨店です」
それまでは商店街に行ったり映画館に行ったり外食をしたり、というのが休日の楽しみ方だったというつボイ。ところがそれらが一気に変わるったきっかけとなったのが、名鉄百貨店だったのだとか。
買い物も食事も娯楽もすべてが1か所でできるというのは、当時は画期的でした。まだ珍しかったエレベーターやエスカレーターなどの最新設備もあり、屋上の遊園地には家族連れやカップルの笑い声が響いていたのです。
日本初
高度経済成長期に登場し、「初めてのデパート経験」や「特別なおでかけ」として人々の思い出に強く刻まれている名鉄百貨店。その中でも多くの人のこども心に特に印象的に残っていたのが、「回るお菓子の量り売り」だったのです。
実はこの回るお菓子の量り売り、日本で初めて登場したのが名鉄百貨店だったとか。
見た目のインパクトとワクワク感からあっという間に全国に展開され、昭和のデパートのシンボルとなりました。
ブームとなった全盛期は全国で見られましたが、時代と共に少しずつその姿を消していき、今ではすっかり珍しいものになってしまいました。たまに見かけると幼少期の楽しかった思い出がよみがえり、ついやりたくなってしまう人もいるのではないでしょうか。
こどもも大人も魅了する「回るお菓子の量り売り」。その発祥となった名鉄百貨店には、色とりどりのお菓子のようにキラキラとした思い出がたくさん詰まっていたようです。
(吉村)
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