高低差が生み出した独特の街並み 兵庫「丸山地区」が歩んだ激動の歴史とは
全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』では、道マニアがイチオシの道を紹介。今回は、兵庫県神戸市の「丸山地区」に張り巡らされた道を巡りました。(この記事では道情報だけをまとめてご紹介します)
高低差が生み出した独特の街並み 斜面に沿って住宅が密集する丸山地区

兵庫県神戸市の長田区北部にある15の街を総称したエリア「丸山地区」。すり鉢状の急斜面に住宅が密集する景観は、“段々住宅”とも呼ばれています。

「起伏が激しいすり鉢状の地形に家が縦横無尽に建っていて、階段や道路が張り巡らされているので、街全体が迷路みたいになっている」と道マニア。

急斜面にびっしり建ち並ぶ家の間を縫って造られた道路や、壁のように立ちはだかる急勾配の階段は、山を切り開いて発展してきた丸山地区ならではの姿。あまりの高低差から、人々の暮らしを支える生活道路は独特な構造をしており、細い路地や階段がまるで迷路のように複雑に入り組んでいます。
かつて山林地帯だった丸山地区は、高度経済成長が始まろうとしていた昭和30年代(1955~1964年)、神戸市中心部の土地不足により、市街地に近いながらも地価が安かった丸山へ住居を求める人々が殺到。開発を担った会社が、険しいすり鉢地形を切り拓いた結果、屋根が幾重にも重なる段々住宅の街並みが誕生しました。
かつて遊園地があった!?“神戸の奥座敷”と呼ばれた丸山地区の歴史

現在、丸山地区には約1万人の人々が暮らしていますが、昭和50年(1975年)頃には2万人を超える人々が住み、活気に満ち溢れていました。戦前には“神戸の奥座敷”と呼ばれ、「「窪んだ場所にはかつて大きな池があって、それを生かした『丸山遊園』という遊園地が作られた。その他にも旅館や温泉を作ったりして、観光地化しようとした」と道マニアは言います。
昭和7年(1932年)、すり鉢状の窪地の大きな池のほとりに「丸山遊園」が開園。園内には、アヒルやカモなどの鳥類が飼育されるミニ動物園のようなエリアや、ブランコなどの遊具が設置されていました。
広場に設けられた土俵では、大相撲の巡業や映画の上映などさまざまな催しが開かれ、多くの来園者を楽しませました。さらに、花見の季節の休日には臨時バスが運行されるほど、多くの人で賑わっていたといいます。

旅館や料亭、温泉も建ち並び、“神戸の奥座敷”と呼ばれるほどの行楽地に発展。しかし、丸山遊園は10年足らずで閉園し、戦後の人口爆発により住宅街へと姿を変えていきました。

地元の方によると、丸山遊園が完成した翌年には、丸山地区は別荘地として売り出されたそう。戦災で神戸市中心部の本宅が焼失したため、丸山を定住の地として移り住んできた人々も多くいたよう。また、企業の社宅もいくつかあったそうで、多くの人が丸山に住むようになったとのことです。
CBCテレビ「道との遭遇」2026年8月4日(火)午後11時56分放送より





