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優秀な“2軍監督”しかし“1軍の名将”たらず~検証・井上竜の誤算(リーダー編)

優秀な“2軍監督”しかし“1軍の名将”たらず~検証・井上竜の誤算(リーダー編)
井上一樹監督(C)CBCテレビ

中日ドラゴンズの井上一樹監督が、成績不振から竜のユニホームを脱ぐ。チームは新監督の下で出直すことになるが、かつてのような常勝チーム復活を願って、井上竜の2年間を2回に分けて検証する。その「リーダー編」である。(敬称略)

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落合監督が認めたリーダー

優秀な2軍監督だった。現役を引退した直後の井上一樹選手を指導者に抜擢したのは、当時の落合博満監督だった。2010年(平成22年)には1軍の打撃コーチ、そして翌年には2軍監督に登用した。井上2軍監督は期待に応えて、ウエスタン・リーグ(当時)で優勝、このシーズン、ドラゴンズは1軍と2軍の“アベック優勝”を果たした。

2軍監督としての成果

立浪和義氏(C)CBCテレビ

阪神タイガースでヘッドコーチを経験して、“兄貴”とも慕う立浪和義監督から呼ばれてドラゴンズに復帰。2024年(令和6年)に再び2軍監督になり、前年まで最下位だったチームを2位に押し上げた。

ナゴヤ球場は3塁側がドラゴンズのベンチである。試合で健闘した選手に対し、試合後にベンチで名前を呼び、監督賞の金一封を配る井上2軍監督の姿は、明るく爽やかだった。当時2軍で調整中だったベテランの涌井秀章まで、照れくさそうに監督賞を受け取る風景が印象に残っている。そのシーズン後に、井上1軍監督が誕生した。

「俺の好きな選手になれ」

井上一樹監督(C)CBCテレビ

「おや?」と思ったのは、1軍監督就任直後にナゴヤ球場で1軍と2軍の全選手に対して発した第一声だった。

「俺の好きな選手になってほしい」

この言葉は2軍監督時代にも言っていたと、井上監督は就任会見で明らかにした。「監督が使いたくなるような素晴らしい選手に成長してほしい」という意味なのだろう。しかし、2軍選手と1軍選手は受け止め方が違う。実際、この言葉に対して反発した1軍の主力選手がいたと聞いた。

闘将・星野監督の残像

星野仙一氏(C)CBCテレビ

かつての星野仙一監督が思い浮かぶ。井上監督は、1989年(平成元年)のドラフト会議で星野監督に2位指名されてドラゴンズに入団した。星野さんは、現役時代は「燃える男」、監督としては「闘将」と呼ばれて、そのリーダーシップは強烈だった。

井上監督もだが、その前に監督を務めた与田剛さんや立浪和義さんも、多かれ少なかれ自らの現役時代の監督だった星野さんの影響を受けていると、あるドラゴンズOBはこう語ってくれた。

「表向きはあのように激しさを出すけれど、裏ではものすごく気配りをする人だった」

そしてこう続けた。

「星野監督の一部だけを真似しようと思ったら失敗する」

選手をファーストネーム

涌井秀章投手(C)CBCテレビ

井上監督は、インタビュー取材に対して多くの選手をファーストネームで呼んできた。これもどこか星野監督を彷彿させた。ただ、星野監督が“父親的に”または“兄貴的に”名前を呼んでいたのとは、どこか違う空気があったことは否めない。一国のリーダーも「ドナルド」「サナエ」とお互いを呼び合う。そこには、距離感をなくす、または親しさの演出など複数の理由がある。井上監督の場合は、多くの選手に接する時に、実際にファーストネームで呼んできたのだろう。それが思わず出てしまうのか。しかし、涌井秀章のことを、インタビューで「ヒデアキ」とインタビューで呼んだ記憶がないことからも、それは相手によるのだろうか。

落合監督「選手は個人事業主」

ウンベルト・メヒア投手(C)CBCテレビ

選手たちと良きコミュニケーションが取れている、そんなアピールに感じたこともある。中には、「メヒ」(ウンベルト・メヒア)、「アブ」(アルベルト・アブレウ)、そして「ユメ」(金丸夢斗)と、ファーストネームをさらに縮めて呼ぶ選手もいた。しかし、個々の場ではともかく、インタビューなど“公の場”では、普通に名字で語ればいいのではないのか。かつてチームを率いた落合博満監督が、常々「選手は個人事業主」と語り、リスペクトしながらも、その自己責任を厳しく求めたことを思い出した。「メヒ」も「アブ」も井上監督と共にチームを去る。

2軍監督の明るさで

井上一樹監督(C)CBCテレビ

2026年(令和8年)に迎えた球団創設90周年の歴史で、2軍監督から直に1軍監督に就任したケースは珍しい。機を同じくして他球団では、次々と成功例があった。しかし、ドラゴンズではうまくいかなかった。井上監督は“2軍監督のつもりで1軍監督”をやればよかったのではないか。自分らしく、裃(かみしも)を付けることなく。「俺の好きな選手になれ」という言葉は、1軍選手たちにとっては、実は「裃(かみしも)」だったのではないだろうか。

今季の最終戦、試合前のミーティングで井上監督は選手たちに、こう語ったそうだ。

「今日は、俺にはなむけの勝利をくれ」

熱い思いの吐露であろう。しかし、どんな時も応援し続けたファンのひとりとしては、こう言ってほしかった。「俺」が主役ではなく・・・。

「今日は、来季のドラゴンズに繋がる勝利を見せてくれ」。

【CBCマガジン専属ライター・北辻利寿】

※中日ドラゴンズ検定1級公式認定者の筆者が“ファン目線”で執筆するドラゴンズ論説です。著書に『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』『竜の逆襲  愛しのドラゴンズ!2』(ともに、ゆいぽおと刊)『屈辱と萌芽 立浪和義の143試合』(東京ニュース通信社刊)ほか。

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