根尾投手と立浪監督はドラゴンズファンをどこに連れて行こうとしているのか?
今は苦しい戦いが続く2022年シーズンの中日ドラゴンズ、本格的な夏を前に、全国から圧倒的に注目されている唯一の話題があるとするならば「投手・根尾昂」であろう。
あの人もこの人も根尾投手を語る
立浪和義監督が「根尾昂を投手として起用する」を発表してから2週間、連日のようにさまざまな意見が飛び交ってきた。5月21日に広島のマツダスタジアムで初めて投手としてマウンドに上がって、賛否両論が巻き起こり始めたが、「投手に専念」と決まってからそれは一気に過熱した。大御所はじめ様々な野球評論家、現役のプロ野球監督、さらに米メジャーで活躍中の日本人選手まで、それぞれの意見を発信している。投手としての能力、起用方法、1軍いやまず2軍からだという育成方法など、球界だけではなく、球場のスタンドや街でもファンが熱く議論している。一種の“社会現象”を立浪ドラゴンズがもたらしていて、リーグ最下位という淋しい現状をふと忘れてしまいそうな時がある。
(成績は2022年6月28日現在)
速球152キロの魅力
セ・パ交流戦が終わり、根尾投手は本拠地バンテリンドームで2回登板した。6月19日の讀賣ジャイアンツ戦では9回二死からマウンドに上がった。4点差がついていてドラゴンズは敗色濃厚だったのだが、スタンドに残ったファンは大きな声援を送り、4番の岡本和真選手を三振に取った投球に酔いしれた。6月22日の首位ヤクルトスワローズ戦でも4点差の8回に、今度は回の最初からマウンドに立った。わずか3日間で、その投球は進化していたように感じた。9球で三者凡退、特に好調の塩見泰隆選手には152キロの速球を2度も投げて三振で抑えた。投球前に、センターを向いて両手を広げるルーティーンも頼もしく見えてきた。
ファン心理の“固定観念”
しかし、ドラゴンズファンとして、その登板をとても楽しみにしながらも、とても戸惑ってもいる。「根尾昂」という存在をどう受け止めて、どう応援していいのだろうか。“二刀流”の扉は、米メジャーで大活躍している大谷翔平選手が大きく開いた。ファンは投打両方のヒーローとして大谷選手に声援を送る。しかし、根尾選手の場合は高校時代から“二刀流”とも言われながらも、その立ち位置が“着地”できていなかった。外野手?内野手?投手?どこかに収まってほしかった思い。その応援にもポジションという“固定観念”が根づいてしまっているのか、まだ何となく落ち着いていないファン心理を我ながら感じる。
根尾の歩みと立浪監督
高校時代に甲子園で春夏連覇を達成した時、根尾選手は投打の両方でチームをけん引した。ドラゴンズに入団した時は、「ショート1本で勝負したい」と決意を語り、球団もその方向に向かった。しかし、1軍での起用は内野ではなく、その強肩を活かしての外野が中心になっていた。3年の歳月がたち新しい選手たちも続々と入団し、「根尾昂」というブランドの輝きは正直弱まりつつあった。そんな時に、新たなリーダーとしてやって来たのが立浪和義監督だった。秋季キャンプで早々に「外野手1本」を指示し、しかしショートのレギュラーだった京田陽太選手の調子が上がらないと見るや「内野へ転向」を決断。そして、現在の「投手で勝負」というステージに進んだ。「朝令暮改」だの「方針が一貫しない」だの様々な声があったが、立浪監督はこう語っている「僕が一番よく見ている。そっとしておいてほしい」。
根尾昂そのものの成長譚
ジャイアンツ、スワローズ、そして甲子園での阪神タイガース、この3チームに登板し、ようやくファンとしても「根尾投手」に慣れ始め、分かってきたことがある。これはドラゴンズというチームもファンも未だ体験したことのない“夢”へのチャレンジなのだと。もちろん「野手としてはレギュラーを取れなかった」という厳しい現実は横たわっている。しかし、マウンドの背番号「7」に送られるファンの歓声はもっと別次元にある。おそらくそれは、ドラゴンズに長く存在していなかった全国区の“スター選手”が生まれるかどうかの期待。根尾外野手でも根尾内野手でも、そして根尾投手でもなく、「根尾昂」という“素材”の成長譚をリアルタイムで体験することなのだろう。立浪采配は、私たちファンにどんな新たな“夢”を見せてくれるのだろうか。
そろそろ勝ちゲームで見たい!
根尾選手が高校時代に輝いた舞台、甲子園球場での1軍初登板は6月25日だった。6回裏にリリーフとしてマウンドに向かう根尾投手にタイガースファンからも大きな拍手が送られた。9対0の得点差、勝負はほぼ決着していて、虎党からも余裕を持って投球を楽しもうというムードが伝わってきたが、竜党としては何とも悔しい思いをしたのも事実。相手ファンから早く、ため息とブーイングで迎えられるようになってほしい。それにはチームが勝つこと、そして勝ちゲームで根尾投手が登板すること。立浪監督と根尾投手のチャレンジを心から楽しむためにも、そろそろドラゴンズ自体が上昇気流に乗ってもらわねばと切に願う。根尾投手と立浪監督がいざなってくれる“夢”に酔うためにも。
【CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】
※中日ドラゴンズ検定1級公式認定者の筆者が“ファン目線”で執筆するドラゴンズ論説です。著書に『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』『竜の逆襲 愛しのドラゴンズ!2』(ともに、ゆいぽおと刊)ほか。