思わずひれ伏す大きさ。奈良県、西大寺の十一面観音
毎週木曜日のCBCラジオ『ドラ魂キング』では、仏像巡りが趣味の佐藤楠大アナウンサーが、脚を運んで現地で見た仏像についてレポートしています。8月6日の放送で佐藤アナが紹介したのは、奈良県奈良市の西大寺と十一面観音菩薩。平城京の時代ならではの特徴が見られるとのことです。
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西大寺は近鉄大和西大寺駅から歩いて5分の、アクセスが良い寺です。
車で行っても大きい駐車場があって1時間300円で停められるそうです。いつ行っても停められるぐらいの広さとのこと。
佐藤「西大寺。この文字を見て、皆さん、他のお寺が思い浮かびません?東大寺です」
平城京の東に位置する大きなお寺を東大寺。西大寺は東大寺と対をなすように存在していたと言われているそうです。
現在は当時の姿がほとんど残っておらず、現存するものは江戸時代に復興されたもの。主要な建物はなく、「幻のお寺」とも言われるとか。
ややこしい時代
「平城京の時代って政治・歴史が絡んでくる時代だったので、成立がややこしいんですよね」
西大寺の建立を発願したのは日本で六人目の女性天皇である孝謙天皇。第46代の天皇です。
父が東大寺を作った聖武天皇で、母は法華寺と海龍王寺に関わっている光明皇后です。
ちなみに光明皇后は、娘・孝謙天皇の政治サポーターとして藤原仲麻呂を就けました。
その後、光明皇后が病気になると、看病を理由に孝謙天皇は天皇の地位を降りて上皇になりました。孝謙上皇です。
第47代は淳仁天皇。ちなみに藤原仲麻呂は天皇が変わっても政治サポーターを継続しました。
四天王像を納めねば
やがて光明皇后が亡くなると、孝謙上皇とかつて自分の政治サポーターだった藤原仲麻呂との仲が微妙になりました。
孝謙上皇も病に倒れますが、弱気になった女心につけこんできたのが僧の道鏡。権力の座から降りた孝謙上皇ですが、道鏡の働きで力を盛り返します。
面白くないのが藤原仲麻呂。「俺がサポートしたからこその天皇の時代だったんだぜ。あんたはもう上皇になったのに、また力を得ようとしてるの?」と起きたのが藤原仲麻呂の乱でした。
そこで孝謙上皇はこの乱を鎮めるために四天王像を作ったのです。四天王は、東西南北四つの方角をそれぞれ守る戦う仏教の神様です。
「お寺って本堂とか金堂がメインなんですけど、西大寺は実は四天王を収める四王堂からどんどん大きくなっていった珍しいお寺です」
その後このの乱は鎮圧され、孝謙上皇がもう一度天皇の座につきます。この時は名前を変えて称徳天皇。第48代目です。
とにかく大きい
西大寺は入場料800円。本堂、四王堂、愛染堂の拝観が可能です。国宝や重要文化財に登録されている仏像もあるそうです。
佐藤のお目当ての十一面観音菩薩は、四天王を納めるために一番最初に作られた四王堂にいたとか。
実はこの十一面観音像は別のお寺から移って来たもの。高さおよそ6メートル。
「とにかく大きい。ひれ伏すぐらいの大きさ。重厚感も感じていただきたい。でっかいなあ、よく作ったなと思って見ていただきたいです」
貴族趣味の登場
この十一面観音菩薩は平安時代後期の作品です。
当時は貴族が力を持った時代で、貴族が好きな優雅さ優美さが文化の中に生まれてきたそうです。
十一面観音菩薩の顔立ちは丸みを帯び、優しい切れ長な目元。平安時代の巻物に描かれている女性らしさがが仏像にも映し出されているとのこと。
体つきもふくよかな丸みのあるフォルム。細かい腰のカーブやリアルな首の付き方が見られるそうです。
「大きさと柔らかさを西大寺の十一面観音菩薩で体感して欲しいと思います」
この夏、西大寺の十一面観音菩薩の大きさに圧倒されてみてはいかがでしょうか。
(尾関)
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