30年間破られないジャンボ尾崎の「20アンダー」中日クラウンズ 難関・和合コースで見せた強さの真髄
和合の伝説 ジャンボ尾崎の大記録
4月30日、日本で最も歴史ある民間トーナメント「第66回中日クラウンズ」が幕を開ける。かつてアーノルド・パーマーら世界の強豪が集い「東洋のマスターズ」と称されたこの大会の舞台は、愛知県の名門・名古屋ゴルフ倶楽部。数多のプロを苦しめてきた「和合」は、日本屈指の難コースとしてその名を轟かせている。
しかし、そんな難攻不落の和合をねじ伏せ、今もなお破られない「不滅の記録」を打ち立てた男がいる。ジャンボ尾崎だ。

「圧倒的」な強さで見せつけた通算20アンダー
1995年の第36回大会最終日。通算70勝目に王手をかけていたジャンボ尾崎は、1番から難なくバーディを奪い、好発進を見せる。さらに5番から7番まで3連続バーディを沈め、一気にスコアを「20アンダー」へと伸ばした。

その後、スコアを落とす場面もあったが、15番ホールで再びバーディを奪い、20アンダーに復帰し完全な独走態勢に。最終18番ホールをパーで締めくくり、大会レコードとなる「通算20アンダー」で3年ぶり3度目の優勝を飾ったのだ。あの和合で20アンダーという数字は、まさに不可能に近い驚異的なスコアである。30年が経過した今も、この記録は塗り替えられていない。
ライバルたちが語る「ジャンボ」の真髄
なぜ、彼は和合でこれほどのスコアを叩き出せたのか。共に戦ったレジェンドたちの証言から、その強さの秘密が浮かび上がる。
倉本昌弘は和合について「短いから、飛ばなくても有利だはもう間違いなんですよ。短いクラブでスピンコントロールできなかったら絶対無理なんですよ」と語り、ジャンボの圧倒的な飛距離に加え、特筆すべき「ショートゲームのうまさ」を評価する。
また、中嶋常幸は「あの人はやっぱり日本のゴルフ界を変えた人」と称賛し、「常にゴルフのことを考えてました。技術的なことも、肉体的なことも」と、その並外れた探求心を明かした。

最大のライバルであった青木功も「彼が出てきたときに、私がつっかえ棒してたからでしょう」と振り返る。二人は言葉を交わさずとも、すれ違いざまの視線や仕草だけで「見たか」「やってやるぞ」と火花を散らしていた。言葉のない闘争心が、互いを高みへと引き上げていたのだ。
ジャンボ尾崎本人は、かつて「16番ではワンオンを狙うようにね。プロはそこでしかできないパフォーマンスを自分でやりたいね」と語っていた。ギャラリーを魅了し、自らのパフォーマンスを極限まで追求する姿勢こそが、彼を頂点へと押し上げた。
第66回を迎える今年も、和合の魔物は口を開けて挑戦者たちを待っている。そして選手たちは、今もなお和合に刻まれた「通算20アンダー」という巨大な背中に立ち向かう。



