除夜の鐘と幸運の豚~「ゆく年くる年」から考えるそれぞれの大晦日
遠くから聴こえてくる鐘の音を聴きながら、荘厳な気持ちになる。1年の最後の日の深夜、日付が変わる頃は毎年“心の背筋”を伸ばす。その時の効果音は、カウントダウンの歓声でも、花火の音でもなく、やはり除夜の鐘の音だった遠い記憶がある。
除夜の鐘への思い
除夜の鐘は、大晦日の夜から新しい年に向けてつかれる。古いものを捨てて、新しいものに移ることを意味する、日本の伝統の行事である。その数は108。仏教においての煩悩の数とも言われるし、月の数(12)、二十四節気(24)、七十二候(72)を足した数とも言われる。個人的には、四苦八苦の「4×9=36」と「8×9=72」を足したものという説にも惹かれる。107は年内に打ち、残り1つを新年に打つという寺もあるなど形式も様々で、それだけ日本の年越しに根づいているのだろう。
鐘の数108は野球にも?
108という数、実は野球の硬式ボールの縫い目の数と同じである。こちらも108。
これを知ったのは、子どもの頃に読んだ人気漫画『巨人の星』だった。主人公・星飛雄馬の父・一徹が、除夜の鐘とボールの縫い目の数が一緒だと語る場面がある。ただし、除夜の鐘の数との一致は偶然だというのが定説。本場アメリカ製のボールの縫い目が108だったため、日本もそれに準じたようだ。
もっとも、プロ野球の監督の采配を見ていると、煩悩に惑わされたり、四苦八苦したりする姿も垣間見られることがあるから、まんざら「一切関係なし」と言い切ることも淋しい気がする。
豚は幸運を運んでくる?
かつてヨーロッパ、オーストリアのウィーンで大晦日を迎えたことがある。
その時に驚いたのは、大小さまざまな豚の置物たち。中心部のメインストリートであるケルントナー通りの屋台など、街のいたるところで売られている。「豚は新しい年の幸運を運んでくる」と言われ、そのシンボルなのだ。「幸運の豚」と名づけられていた。中には背中に1シリング硬貨を背負っている豚のマスコットもあった。これは幸運に加えて、富も得られるという意味だそうだ。
そんな豚たちと共に、街はとにかくにぎやかだ。「グリューヴァイン」と呼ばれるホットワインや「ゼクト」すなわち発泡性ワインが振る舞われ、喧騒は夜が深まるにつれて激しくなる。ところどころでカウントダウンの声が聞こえ、新しい年を迎えた瞬間は爆竹が鳴らされる。花火を打ち上げる人もいる。これはウィーンだけではなく、ヨーロッパの街々でも同じなのだ。大晦日は新しい年を迎える序曲に包まれた日なのだ。
カウントダウンへの思い
「ゆく年」を除夜の鐘の音と共に、静かに振り返る日本。心は早くも「くる年」に向かい、にぎやかに新年を迎えるヨーロッパ。いつのころからか、日本でもカウントダウンに力が注がれ、サザンオールスターズや福山雅治、さらにジャニース事務所のメンバーら多くのアーチストや歌い手たちが年越しコンサートを開催するようになった。
世界中を席巻している新型コロナウイルス禍の中で迎える2020年の大晦日。「ゆく年くる年」の姿は、これまでそれぞれの歴史と文化に根差して多種多様だっただろうけれど、今回だけは「ゆく年」よりも「くる年」に希望を見出したい、そんな共通の思いに世界が包まれている。
大晦日から元日への夜、どこの街にいても夜空を見上げることにしている。ひょっとしたら、1年の中で最も空気が澄んでいる夜かもしれない。
除夜の鐘を聞いた後でも、幸運の豚を飾った後でも、空を見上げてみませんか?星たちからの新年メッセージに出会えるかもしれません。
【東西南北論説風(201) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】