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旭川に日本初の歩行者天国ができたワケとは?「第七師団」ゆかりの道と街の歴史を探る旅

旭川に日本初の歩行者天国ができたワケとは?「第七師団」ゆかりの道と街の歴史を探る旅
CBCテレビ『道との遭遇』

ミキの昴生と亜生がMCを務める、全国の道に特化したバラエティ番組『道との遭遇』。今回は、YouTubeチャンネル「おもしろ地理」でさまざまな道を紹介している道マニアのかずまるさんが、北海道にある“第七師団ゆかりの道”を巡ります。

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日本初の“歩行者天国”が誕生!旭川駅前の「平和通買物公園」が歩んだ歴史

CBCテレビ『道との遭遇』

かずまるさんが「『第七師団』ゆかりの道がある」と訪れたのは、北海道旭川市。

明治時代から昭和時代にかけて存在した「第七師団」。全国から兵士を集めて編成された、旧日本陸軍の7番目の部隊です。北海道の開拓と防衛という2つの役割を担い、拠点となった旭川は軍都として発展を遂げました。

まずは、旭川駅前にある全長約1kmの歩行者専用道路「平和通買物公園」へ。

CBCテレビ『道との遭遇』

(道マニア・かずまるさん)
「この歩行者天国はかつて『師団通(しだんどおり)』と言われていて、兵隊たちが駅からここを通って第七師団の駐屯地まで向かっていた」

明治34年(1901年)、第七師団の司令部が札幌から旭川へ移転。旭川駅の北側一帯に、駐屯地や司令部が整備されました。そこへ続く道は「師団通」と呼ばれ、現在の平和通買物公園もその一部でした。

CBCテレビ『道との遭遇』

当時の師団通には、「日本では珍しい“あるもの”が走っていた」とかずまるさん。明治39年(1906年)、旭川駅と第七師団を結ぶ馬車軌道が開設され、通称「師団線」と呼ばれました。人々の往来が次第に増え、師団通は旭川のメインストリートへと発展。

大正7年(1918年)に馬車軌道は廃止されましたが、昭和7年(1932年)には路面電車「旭川市街軌道」へと姿を変え、人々の暮らしを支えました。

CBCテレビ『道との遭遇』

昭和20年(1945年)、終戦とともに第七師団は解体され、師団通を「平和通」に改称。現在、平和通買物公園の周辺には国道が走っていますが、かつては平和通そのものが国道であり、旭川の主要道路でした。

昭和40年代以降(1960年代半ば以降)、モータリゼーションが進むと、平和通には1日1万5千台を超える車が行き交うようになり、交通事故が多発。社会問題となりました。

そこで、事故の発生を防ぐための取り組みとして“歩行者天国”を導入することに。国道管理者側は交通への影響を懸念しましたが、商店街からの「安心して歩ける街にしたい」という熱望により、昭和44年(1969年)、12日間にわたる試験的な歩行者天国が実施されました。

その期間中、買物公園を訪れたのは延べ92万人。試みは成功し、昭和47年(1972年)に日本初の恒久的な歩行者天国が開設されました。

日本屈指の巨大ロータリー! 6本の道が交差する「常盤ロータリー」

CBCテレビ『道との遭遇』

平和通を北上すると、かずまるさんが特に見てほしいという道路が見えてきます。

(道マニア・かずまるさん)
「これは『常盤ロータリー』と呼ばれる、旭川のシンボル的な道路」

CBCテレビ『道との遭遇』

昭和11年(1936年)、東京以北で初のロータリー交差点として整備された日本最大規模の「常盤ロータリー」。一般的なロータリーでは、進入する車が譲り合いながら通行しますが、6本の道路が交わるこの常盤ロータリーでは、国道40号を走る車が優先されるとのこと。接続する道路の中でも、特に国道40号は交通量が多く、自然とこのような車の流れができたといいます。

このロータリーの成り立ちには、かつて市街地一帯を大きく蛇行しながら流れていた「牛朱別川(うしゅべつかわ)」が深く関わっているというかずまるさん。

CBCテレビ『道との遭遇』

牛朱別川はたびたび氾濫し、市街地は水害に悩まされていたため、昭和5年(1930年)に川の流れを直線化し、石狩川へ合流させる大規模な改修工事が行われることに。川の流れが変わったことで古い川筋が埋め立てられ、そこに師団通をはじめとする6本の道路が交差するようになり、ロータリー交差点が整備されました。

(道マニア・かずまるさん)
「(ロータリーの中央にある)『常盤シンボルタワー』の場所には、1956年まで平和を祈る『平和塔』が建っていた。路面電車が平和塔の下をくぐって第七師団駐屯地に向かっていた」

ロータリー建設当時は、ロータリーの中央を路面電車が通り抜けるという、全国的にも珍しい構造をしていたそう。昭和25年(1950年)、北海道開発大博覧会に合わせて中央に「平和塔」が建設されましたが、昭和31年(1956年)に路面電車が廃止されると、平和塔も解体されることに。

CBCテレビ『道との遭遇』

その30年後、現在のシンボルタワーが建設され、道路照明の役割を担いながらロータリーでその存在感を放っています。

第七師団を支えた北海道三大名橋のひとつ「旭橋」

CBCテレビ『道との遭遇』

常盤ロータリーから国道40号を北上すると、石狩川に架かる「旭橋」が見えてきます。

(道マニア・かずまるさん)
「旭川のシンボルかつ第七師団が通った道として重要な『旭橋(あさひばし)』。これは二代目」

CBCテレビ『道との遭遇』

昭和7年(1932年)竣工の二代目「旭橋」は、札幌の「豊平橋(とよひらばし)」、釧路の「幣舞橋(ぬさまいばし)」と並ぶ北海道三大名橋のひとつ。平成16年(2004年)には、北海道民全体の宝物として“北海道遺産”に選定されました。

(道マニア・かずまるさん)
「旭橋は122年の歴史がある。今はたくさんの橋が建設されているが、当時は旭川の駅から川を渡って第七師団の方向に向かう道がこれ1本しかなかった」

CBCテレビ『道との遭遇』

明治37年(1904年)、第七師団と市街地を結ぶ唯一の交通路として初代の旭橋が完成。その後、老朽化や交通量の増加に伴い、昭和7年(1932年)に現在の旭橋へと架け替えられました。渡橋式には当時の旭川の人口約8万人に対し、1日で3万人もの人が詰めかけたといいます。

かつて橋の上部には、軍人への教えをまとめた軍人勅諭の内容や、“誠”の文字を刻んだ軍のシンボル“旭日章”をあしらった装飾プレートが掲げられていました。

完成当時は旭川市街軌道も橋の上を走り、兵士や市民を乗せて石狩川を渡っていたそう。電車が橋を通る際には、乗客や将兵が橋に掲げられたプレートに敬礼したという逸話も残されています。

CBCテレビ「道との遭遇」2026年10月20日(火)午後11時56分放送より

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