退路を絶った男、ドラゴンズ吉見一起の覚悟
「開幕先発ローテーションという椅子を実力で奪いにいきます。できなければ終わりという覚悟で」
ドラゴンズ常勝時代からの投手陣の中心、吉見一起投手がこれまで残した実績とはまるで不釣り合いな本人の言葉。
しかし、約1カ月に渡る沖縄北谷キャンプでの彼の姿は、その覚悟そのものだった。
キャンプ終盤、胸の高さにグローブを上げ、胸を張るところから、静から動へ移り始める新フォームについて、吉見投手本人は、「整いつつはあります」と慎重ながらも手応えを教えてくれた。一方で、彼の絶妙な変化球については、「まだ操りきれていないんです」とさらに慎重な様子。
そして吉見投手は、チーム本隊が那覇へ練習試合に向かった日、北谷球場に残留し、ブルペン捕手とたった二人しかいないメイングラウンドで、ある測定機器をセットした。マウンドの盛り上がりとホームベースの間に設置された、「ラプソード」というおよそ30センチ四方ほどの、カメラ付き集積データ機の上を通過させるようにピッチングを始めたのだ。
測定機器「ラプソード」
既に数球団が導入している「ラプソード」。これは、投球時のボールの回転数などを測るトラックマンとは少し違い、変化球がどこから曲がって、どれほどの変化幅、落ち幅なのか、ボールの回転軸・軌道のホップ率などがデータ化されるというシステムだ。
そもそも一般的には、トラックマンやラプソードなど、球の回転数がトップクラスであっても、多いこと自体が必ずしもメリットとは限らない。また、シュート回転して打者に見られやすくなっている傾向がはっきり数値化された場合、それをどう修正するかが肝要だ。
ラプソードを管理するドラゴンズ竹内昌也スコアラーは、吉見投手の姿をこう語る。
「彼はコントロールがいいので、現状のデータを正しく知れば、それを個性として活かすことができる。でもその撮影と集積が、屋外だと完全にできなくて。集積の環境って難しくて。ただね、ほんとに吉見は、自分を客観視できるので、良いデータもそうでないデータも、自分自身の体にどう伝えたらいいかを知っている。好調時のデータはこう、疲れている時はこうというふうに、比較材料の一つにできるからね」
僅かな狂いが雲泥の差に
確かに昨年の夏前、吉見投手はこのように意気込んでいた。
「自分がマウンドで投げてるのと同時に、スタンドにも自分がいるというか、テレビゲームで自分というキャラを操っているような瞬間が大切なんです」
しかし、コントロールが身上だけに、僅かな狂いが、雲泥の差を生む。それを最も知る吉見投手だけに、冒頭の慎重な言葉選びになったのだろう。
そして実戦。2月22日の沖縄北谷での阪神戦で2回無失点以来のオープン戦登板となった(昨日)3日、今季初先発。初回先頭の西武ライオンズ中村選手に初球を本塁打されたが、吉見投手はこう語った。
「打たれた後にズルズルいかなかったのは昨年との違い。ボールを操れだしている。打者との間合い、感覚は凄く得られました。自分の中では次に繋がる投球だったと思います」
無観客のスタンドに、マウンド上の吉見投手。彼の一球一球の呻き、音とまではならない気迫は、放送席の距離までしっかりと届いている。すべてはシーズン開幕のために。燃えよドラゴンズ!!
【CBCアナウンサー 宮部和裕 CBCラジオ「ドラ魂キング」(毎週水曜午後4時放送)・「宮部和裕のミュージックストライク」(毎週金曜午後7時)他、ドラゴンズ戦・ボクシング・ラグビー・サッカーなどテレビ・ラジオのスポーツ中継担当。生粋の元少年ドラゴンズ会員。早大アナウンス研究会仕込の体当たりで、6度目の優勝ビール掛け中継を願う。】