縫い目を指先で味わう中日・石川翔。遠回りの1年を経て、今年羽ばたく
このオフ、石川翔という名前をよく聞いた。
シーズン終了後、私は放送やイベントなどで現役選手やOBと仕事をする。視聴者やトークショーに参加したファンからの質問の紹介が役目。多いのがこれだ。
「期待の若手は誰ですか?」
2018年12月22日。現役を引退した野本圭スカウトがCBCラジオのイベントに出演した。例の質問が飛び出すと、すぐに答えた。
「石川翔ですね。久しぶりに速い真っ直ぐを投げるピッチャーが入ってきたと思いました」
スライダーが独特
2019年1月3日。名古屋市内のホテルで浅尾拓也2軍投手コーチとイベントで一緒になった。
「去年、石川とキャッチボールをすることがあったんですが、凄いボールを投げていました」
1月5日。CBCラジオ「若狭敬一のスポ音」のゲストは韓国サムソン・ライオンズの落合英二投手コーチだった。去年、中日投手陣は秋季キャンプを沖縄で行い、サムソンの打者相手に投げる機会があった。
「石川君が目立っていました。腕の振りも良いし、スライダーが独特」
1月27日。CBCテレビ「サンデードラゴンズ」に出演した吉見一起も本番終了後、ともに大阪で自主トレを行った後輩を認めていた。
「はまった時の球はえげつない」
石川翔は青藍泰斗高校からドラフト2位で入団した2年目右腕。去年は2軍で5試合0勝2敗。1軍では中日・阪神25回戦で初登板。1回無失点で初ホールドを記録したが、目を見張るほどの成績は残していない。
軽いイップスに
「遠回りの1年でした」
19歳は唇を噛んだ。実はキャンプから大きく躓いていたのだ。
「アピールする気持ちが強すぎました。ブルペンで力みまくって、上半身だけで投げていました」
狂ったフォームはますます狂う。
「球が抜けるし、カット気味に滑る。そうするうちに、投げる上で最も大切にしていたリリースの感覚がなくなってしまったんです。正直、キャンプが終わった時には軽いイップスになっていました」
悪いことは続く。
「かかとの痛みも限界でした」
4月、両足三角骨除去手術を受けた。投げ方、感覚、コンディション、ついに全てを失った。
「リハビリ後もフォームがバラバラで、菅野(智之)さんや藤川(球児)さんの動画を見て、ヒントを掴もうと思ったんですが、うまくいきませんでした」
8月、2軍で登板チャンスがめぐってきた。しかし、ここでまた遠回りする。
「プロは高校と違う。勢いだけでは抑えられない。コントロールを重視するべき。配球も考えなければ。完全に意識過剰。柄にもなく余計なことを考えすぎていました」
取り戻した忘れ物
転機は今年1月。吉見と過ごした大阪自主トレだった。
「股関節の大切さや下半身を使うフォームなど毎日勉強になりました。練習中にメモを必死に取って、ホテルの部屋で復習するんですが、その時、すっと頭に入って来るんです」
煮物は火を止めた時に味が染み込むと言う。静かに1人で反芻する夜が有意義だった。
「自主トレでは性格診断もありました。僕は気合が入り過ぎるタイプ。すると、上半身だけで投げてしまう。とにかく落ち着いて、常に下半身を意識すること」
そして、一番の忘れ物を取り戻した。
「リリースの感覚です」
キャンプのブルペンで石川翔のリリースの瞬間を見ていると、最後に一押しがある。パチンと切るというよりグッと押し込む。打者の近くでボールを離しているように映る。どんな感覚なのか、言葉にしてもらった。
「最後にボールの縫い目を指先で味わう、ですね」
2月4日。シート打撃登板。石川翔は打者4人に対し、17球1安打無失点。セカンドゴロに打ち取られた京田が「速かった。めちゃくちゃ良かったです」と驚けば、空振り三振の松井佑は「躍動感があった」と舌を巻いた。これを見た与田監督は若武者の1軍合流を決定。全てが崩れ落ちた去年のキャンプとは違い、今年は着実に階段を上っている。
去年、本人は不本意だった。しかし、周囲のプロは大化けする可能性を感じていた。そして、今年、もう右腕に迷いはない。
また、オフにたくさん聞くことになるだろう。石川翔という名前を。
【CBCアナウンサー若狭敬一
CBCテレビ「サンデードラゴンズ(毎週日曜午後0時54分放送)」、CBCテレビ「スポーツLIVE High FIVE!!(毎週日曜午後1時24分放送)」、CBCラジオ「若狭敬一のスポ音(毎週土曜午後0時20分放送)」、CBCラジオ「ドラ魂キング」(毎週金曜午後6時放送)ほか、テレビやラジオのスポーツ中継などを担当】