サザン桑田佳祐初のソロ配信ライブで“世に万葉の花が咲いた”春
新型コロナ禍の中、“いつか何処かで”必ず実現すると思っていた。サザンオールスターズ桑田佳祐さんのソロ配信ライブ。時は2021年3月7日日曜日19時、場所は東京・南青山のブルーノート東京。さあ開演だ!
初めてのソロ配信ライブの夜
サザンの時もソロの桑田さんの時も、選ばれたライブ最初の曲には度肝を抜かれることが多い。この夜もそうだった。いきなりのカバー曲『ソバカスのある少女』。1970年代に細野晴臣さんや松任谷正隆さんらによって結成されたバンド、ティン・パン・アレーの楽曲。思えば、この1曲目が今回のステージを貫くテーマの“予兆”だった。
サザンオールスターズとしては、2020年6月25日のデビュー記念日、そして12月31日の大みそかと、コロナ禍で観客を入れてのステージが制約される中で2度にわたって「配信ライブ」を行ってきた桑田さん。『静かな春の戯れ』と名づけられたライブは、文字通り、静かにしかし熱く進行した。すべての歌を桑田さんはギターを抱えて、座ったまま披露していった。
コロナ禍での配信ライブ風景
桑田さんが「あこがれのステージ」と紹介したブルーノート東京(Blue Note TOKYO)。
無観客の会場テーブルにはキャンドルが灯された。揺らぐ炎の中に、歌を愛する観客が座っている幻影が見えるようだ。ソロアルバムのタイトルにもなった『孤独な太陽』、そして最近はテレビCMで再び流れている『若い広場』と歌は続く。『若い広場』の時、ステージ脇に立つスタッフたちの姿が映った。皆マスク姿である。無観客とスタッフのマスク、この2つの風景が、コロナ禍での配信ライブを象徴していた。
心に刺さった『月光の聖者達』
コロナ禍という中で、胸に響いたのは、ライブちょうど半ばで披露された『月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)』。ギターはつま弾かず、マイクのみを手に、稀代のボーカリスト桑田佳祐が歌う。
「時(とき)はうつろう この日本(くに)も変わったよ 知らぬ間に」
東京では緊急事態宣言が今なお継続し、新型コロナを警戒する日々は1年以上にもなる。
「現在(いま)がどんなにやるせなくても 明日(あす)は今日より素晴らしい」
この歌が入ったアルバム『MUSICMAN』が発表されたのは、2011年2月23日。その2週間後に東日本大震災が日本を襲ったのだった。
震災10年とコロナ禍への思い
2021年の“現在(いま)”が鮮明に描かれたステージでもあった。東日本大震災の直後に、応援ソングとして作られた『明日へのマーチ』。被災地へ寄り添う歌詞が、震災10年目の春に沁みわたる。そして、本来ならば「復興五輪」をテーマにして1年前に開催されていたはずの東京五輪パラリンピック。新型コロナによって開催は延期されて、今も不安定な環境に包まれている。『東京』に続き歌われた『SMILE~晴れ渡る空のように~』は、東京五輪を盛り上げるために桑田さんが書き下ろした曲だった。ライブでは今回ようやくの初披露となった。歌にはアスリートたちへの熱いエールが込められていた。
ジュリーへの愛あふれる
冒頭の『ソバカスのある少女』を含めて、カバー曲は全部で5曲あった。「ひとり紅白」や「音楽寅さん」などで、他の歌手やアーチストたちの歌に新たな命を吹き込んできた桑田さんの本領発揮。コーラスのTIGERさんとデュエットした『灰色の瞳』は、加藤登紀子さんと長谷川きよしさんの名曲だが、ブルーノートのステージにぴったりの素晴らしい演奏だった。
そしてアンコールで登場したのが沢田研二さんの『君をのせて』。桑田さんは過去3回開催した「ひとり紅白」でも、毎回必ず沢田さんの歌を歌ってきた。そして沢田さんがボーカルだったグループサウンズ「ザ・タイガース」の曲も。この『君をのせて』をアンコールに持ってきたところに、桑田佳祐の沢田研二に対する大いなるリスペクトが感じられた。思えば「ザ・タイガース」が解散してちょうど50年になる。名曲はこうして、その時代の素晴らしき歌い手によって蘇るのである。
名曲『スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)』あり、趣を変えた『ヨシ子さん』あり。サザンオールスターズのアルバムタイトル“万葉の花が咲いた”ような全24曲のソロステージ。ラストに歌われたのは『明日晴れるかな』だった。コロナ禍が最初に日本列島を襲った2020年の春、この歌詞が心に刺さったことを思い出す。「泣きたいときは泣きなよ」「季節は巡る魔法のように」とても励まされた記憶がある。あれから1年。
歌の最後は「明日(あした)晴れるかな・・・」と声を揃えての合唱。きっと晴れる。そう確信させられた早春の素敵な配信ライブだった。
【東西南北論説風(214) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】