サンマが食べたい!好物の「秋の味」信じられない高値に走る衝撃
サンマの塩焼きを目の前にする度にふと思い出すのは、かつて観たテレビ時代劇である。
徳川の将軍様がお忍びで江戸の町へ出ると、長屋から何やら香ばしい煙が漂う。市井の人が七輪で焼くサンマだった。その美味しさに感動した将軍様は、お城に帰ってから側近に「あのサンマを食べたい」と所望する。落語の噺「目黒のさんま」を取り込んだ脚本だと、後になって知った。
サンマを焼く匂いの魅力
将軍様でなくても、サンマを焼く匂いには胃袋を打たれる。ましてや、七輪による炭火であればなおさらである。ドラマの中にあったセリフかどうか定かではないが、「サンマを焼く煙だけで、ご飯一膳はあっという間に食べることができる」ほどの魅力がある。サンマは、新鮮な刺身でも美味しいが、何といっても塩焼きである。
漢字で「秋刀魚」と表すようになってから、さらに魅力が増したのではないか。「秋の刀」である。たしかに、あの姿は実に美しい。刀のように真っ直ぐに延びた魚体からは潔さすら感じてしまう。視覚と嗅覚と味覚と、沢山の感覚を堪能させてくれる。
1000円を超えるサンマ!
そんなサンマの季節が到来した。しかし早々にショッキングなニュースが届いた。
北海道厚岸(あつけし)町の漁港市場で8月24日に行われた2020年の初競りで、サンマの値段が1キロあたり1万1千円を上回る高値となった。去年の初競りの最高値の5倍近い値であった。競りの後には、漁港の直売店には、高いものは1200円という“高級魚”が並んだ。もちろん、先ほど競り落とされたサンマのことである。あらためて確認するが、これは1匹の値段である。初水揚げは前年のなんと1.5%、この品薄が高値を呼んだのだった。
サンマの不漁は、ここ数年、公海上で中国などの外国漁船によって、大量に捕獲される影響が取り沙汰されてきたが、さらに海洋の環境に何らかの変化が起きているという見方もある。地球温暖化による海水温の高さで回遊ルートが変わったのか?プランクトンなどの餌に何かあったのか?それとも?
いずれにしても「記録的」とまで言われた不漁だった去年よりも、2020年のサンマ事情にさらにきびしい予測が出ていることは間違いない。
例えようもない塩焼きの味
焼いたサンマの美味しさを、文章として表すことはなかなかむずかしい。
例えば、鮎の塩焼きならば、天然物の場合「あのハラワタの苦みと苔の香りの微妙な甘さが」などとなるのだろうが、サンマのジューシーなハラワタの味はどう表現したものか。背中側とお腹側との身の味わいの違いも見事である。付け合わせに大根おろしも欠かせないが、身の部位によって、合わせる大根の量まで調整したくなる。それほどサンマの魅力は、頭から尾まで1匹の中でもバラエティに富んでいる。まるで刀の切れ味が部位によって変化するように、サンマの塩焼きは食べる者をその食事の間、魅了し続けるのだ。
お殿様も魅了したサンマ
落語「目黒のさんま」では、お殿様の「食べたい」という希望を受けて、お供が日本橋魚河岸でサンマを手に入れてくる。しかし、その脂は健康に悪いと判断して、脂を吸い取り、骨をすべて抜き、形が崩れたため椀物に仕立てて御前に出す。
あまりの不味さにお殿様は供に尋ねる。
「どこで買った?」
「日本橋魚河岸です」
「だめだ。さんまは目黒に限る」
噺はこんな落ちである。
日本橋からでも目黒からでも、どこの市場からでもいい。この“伝統的な秋の味覚”が、お城のお殿様ではなく、我々庶民のもとに届く日を、真っ白な炊きたてご飯を手にしながら待っていたい。
【東西南北論説風(181) by CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】