罵声を拍手へ。中日・又吉が誓うフル回転。新フォームで打者に立ち向かう
「先発なら300、リリーフなら350です」
沖縄の強い日差しを浴びながら、又吉克樹は今年の目標をきっぱりと口にした。これまで5年間で282試合に登板。残り18試合で300試合、68試合で350試合に到達する。右腕はフル回転を誓った。
「1年間、1軍にいれば達成できると思います。そのためには結果を出し続けなければいけません」
去年は2度の2軍降格を味わった。40試合2勝5敗。防御率6.53。又吉で勝った記憶は少なく、又吉で負けた印象が強い。
「本当にチームに迷惑をかけました。何度もファンの期待を裏切りました」
心無い罵声も容赦なく飛んできた。「それは仕方ありません」と気丈に振舞うが、これでもかと深い傷口に塩を塗られた。
去年のキャンプではまった「落とし穴」
一昨年は大車輪の活躍だった。9試合に先発し、初完封も記録。50試合8勝3敗21ホールド。防御率2.13。無尽蔵のタフネスさを見せ付けた。さらなる飛躍を目指して臨んだ去年のキャンプ。実はここで思わぬ落とし穴にはまっていた。
「自分の形にこだわりすぎました」
もっと良い球。もっと良いフォーム。これはアスリートの本能。しかし、打者に向かうべきベクトルは常に自分だった。上下のバランス、腕の位置、リリースの感覚などフォームの微調整に明け暮れる毎日。ただ、試行錯誤すればするほど、納得できない。自然と球数は増える。やがて、体は悲鳴を上げた。
「シーズン序盤は左の臀部。終盤は右の広背筋。どちらも肉離れに近い状態でした」
不完全なコンディションで乗り切れるほどプロの世界は甘くない。それを痛感した又吉はまず体を万全にすることから着手。そして、秋季キャンプに臨んだ。
「バッターが嫌がる角度。バッターが嫌がる球を求めました」
矛先は敵。結果、プレートを踏む位置を1塁側から3塁側に変更。右打者は背中から、左打者は遠くから、右サイドハンドの鋭い球が飛び込んでくる。
「さらに右手の使い方を変えました。横からなので、今まではどうしてもアウトサイドイン。これをインサイドインにしました。極端に言うと、右肘をへそに付ける感覚。体の近くを腕が通ることでストレートが強くなり、制球も安定しました。そして、変化球も独特の軌道を描くようになったんです」
「吹き上がる」スライダー
1月、鳥取市のワールドウイング。秋から継続している新フォームでスライダーを投げた瞬間、衝撃が走った。
「突然、もの凄い曲がり方をしたんです。バッターの手元で急に大きく曲がる。いや・・・」
又吉は表現を修正した。
「吹き上がる、です」
一般的にスライダーは曲がりながら、斜めに沈む。しかし、吹き上がるというのだ。
「1年目の良かった頃のスライダーがそうでした。バッターがボールの上ではなく、下を空振りする。ただ、その時より曲がり幅は大きくなっています」
この右手の使い方で間違いない。そう確信した日がある。
「実はゴルフ中です」
オフの練習休みには様々なゴルフコンペが入る。偶然、その日は中日でもトップクラスの腕前を誇る武山真吾とラウンドしていた。
「僕はアイアンが苦手で。武山さんにアドバイスしてもらったんです。『右肘を内側から抜いてみろ』と。言われるままに振ってみると、びっくりするくらい綺麗な真っ直ぐのボールが出たんです。うわっ!やっぱりこれだと」
松坂、岩瀬からかけられた言葉
キャンプイン前日。「今年はどうなの?」と白い歯を浮かべながら、松坂大輔が話しかけてきた。又吉は「ゴルフで右手の使い方を掴みました」とニッコリ。すると、松坂の表情が引き締まった。「それはいいこと。常に野球のことを考えているからこそ、違うスポーツからヒントを得られる」。
キャンプも後半。背番号16は恩師の言葉を胸に鍛錬を続けている。
「テーマは『心』です。心をぶらさず、1ヶ月を過ごす。これは岩瀬(仁紀)さんに言われた言葉です。とにかく新しいフォームを信じて、打者に向かっていく」
岩瀬氏はCBCテレビ「サンデードラゴンズ」に出演した際、又吉について「先発を勧める。彼は力感なく8割で投げている時が最もバランスが良い」とコメントした。さらに与田剛監督も同番組で先発起用を示唆している。
先発か、リリーフか。答えはまだ分からない。ただ、これだけははっきり言える。どんな時も又吉はバッターをねじ伏せに行く。
今年は万雷の拍手を浴びて欲しい。「又吉で勝った」と。
【CBCアナウンサー若狭敬一
CBCテレビ「サンデードラゴンズ(毎週日曜午後0時54分放送)」、CBCテレビ「スポーツLIVE High FIVE!!(毎週日曜午後1時24分放送)」、CBCラジオ「若狭敬一のスポ音(毎週土曜午後0時20分放送)」、CBCラジオ「ドラ魂キング」(毎週金曜午後6時放送)ほか、テレビやラジオのスポーツ中継などを担当】