大野雄大投手の「沢村賞」が来季のドラゴンズに運んでくる“優勝風”
待ちに待った吉報は、色づいた銀杏の葉が名古屋の歩道を黄色く染めた晩秋に届いた。
中日ドラゴンズ大野雄大投手が「沢村賞」に選ばれた。プロ野球2020年シーズン「ベストワン投手」の称号を得た、嬉しい初受賞である。
沢村賞その伝統と輝き
沢村賞はその年に最も活躍した“先発完投型”の投手に贈られる。戦前の讀賣ジャイアンツで活躍した沢村栄治投手に由来し、正式名称は「沢村栄治賞」と言う。沢村投手は現在の三重県伊勢市出身、最多勝など史上初の投手5冠や史上初のノーヒットノーランなど、プロ野球の歴史に数々の「史上初」を刻んだ。しかし、1944年に第二次大戦で戦死、27歳の若さだった。背番号「14」はジャイアンツの永久欠番になり、東京ドームのスタンドには、王貞治「1」や長嶋茂雄「3」ら名選手と共に、背番号の大きなプレートが飾られている。沢村賞が始まったのは終戦2年目の1947年だから、実に73年の歴史を持つ権威ある賞である。まさに球界を代表する投手たちが選ばれてきた。
圧巻!完投数10の重き価値
大野雄大そしてジャイアンツ菅野智之、両投手の争いだった。パ・リーグで、最多勝、最多奪三振そして最優秀防御率の投手3冠だった福岡ソフトバンクホークス千賀滉大投手が対抗馬になっていないことからも、今回の選考のレベルの高さがうかがえる。
菅野投手は開幕から13連勝、新しい投球フォームによって投球はより力強さを増して、ジャイアンツの連覇をけん引した。2017年と18年に連続受賞していて、今回受賞していれば3度目の「沢村賞」だった。勝利数と勝率でトップの菅野投手に対し、大野投手は防御率と奪三振のタイトルを取った。しかし、最も評価されたことは10試合という完投数であろう。沢村賞には7項目の選考基準がある。「10完投」という項目をクリアしたのは大野投手だけ、対する菅野投手は3完投だった。
歴史に残る「沢村賞」真夏の対決
新型コロナウイルスの影響で開幕が3か月も遅れるなど異例のシーズン。開幕投手をつとめた大野投手は当初なかなか勝てなかった。そしてようやく登板7試合目の7月31日、東京ヤクルトスワローズ相手に完投勝ちすると、その後は破竹の勢い、毎試合のようにひとりで試合を投げ切った。2つの完封を含む5試合連続完投勝利、45イニング連続無失点の球団新記録も作った。
2020年シーズン屈指のゲームとなった9月8日のナゴヤドームでは、菅野投手と投げ合った。「究極のエース対決」と呼ばれた試合は、ジャイアンツが勝利した。7回でマウンドを降りながらも勝ち投手になった菅野投手に対して、大野投手は9回まで投げ切り“完投負け”だった。しかし、コロナ禍で“鳴り物応援”がないスタンドからは、自然に沸き上がった大きな拍手が大野投手を包み込んだのだった。今、2人の完投数をあらためてふり返ると、今回の「沢村賞」争いを象徴するかのような熱き両雄対決だった。
大野雄大がけん引したAクラス
こんな素晴らしい投球を目の前に魅せられてドラゴンズナインに火が点かないはずがない。チームが苦しい時に大野投手が投げる、それも最終回まで投げ切る。それがチーム全体を鼓舞して上昇気流に乗せた、何度も何度も。そんなシーズンだった。
祖父江大輔、福敬登、そしてライデル・マルティネスという3投手による「勝利の方程式」が確立した背景には、真夏の週1日は必ず完投してリリーフ陣を休ませた背番号「22」の力投があった。個人の成績よりも常に「チームの優勝」を第一に掲げ続けた大野投手、その“竜愛”を証明してみせた“熱投”だった。8年ぶりAクラスの道は、大野投手が常に先頭に立ってリードしたのだった。
歴代「沢村賞」投手たちの笑顔
ドラゴンズからはこれまで「沢村賞」に8人が選ばれている。杉下茂、権藤博、小川健太郎、星野仙一、小松辰雄、今中慎二、山本昌、そして川上憲伸の各投手たち、いずれも来年85周年を迎えるドラゴンズ球団史のページを飾る“竜のエース”である。杉下茂さんは実に3度も「沢村賞」を受賞した。その系譜に、16年ぶりに「大野雄大」の名前が刻まれた。
多くの投手は過去9回のリーグ優勝にエースとして関わり、杉下さん、川上さんはシーズンMVP(最高殊勲選手)も獲得している。大野投手の「沢村賞」受賞の報を受けた与田剛監督が「球団としても、大野本人としても自信になるタイトル」とコメントしたように、今回の受賞は、ドラゴンズが「日本を代表する投手を有する」言わば認定証を受け取ったことにもなるのだ。
賞の由来となった沢村栄治投手は、史上初のMVP受賞者としても知られる。ならば2021年シーズンでは、そのMVPを大野雄大投手に獲得してもらおうか。
「チームの優勝のために、腕を振りまくりたい」
FA宣言せずにドラゴンズ残留を決めた大野投手は、今回の受賞直後にこう語った。
その決意を聞いた我々ファンも、10年ぶり悲願の優勝のために、心からのエールを背番号「22」のマウンドに送り続けたい。
【CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】