トラップ大佐への哀悼~映画「サウンド・オブ・ミュージック」とコロナ禍の苦難

トラップ大佐への哀悼~映画「サウンド・オブ・ミュージック」とコロナ禍の苦難

米国から届いた訃報に驚いた。アカデミー賞俳優クリストファー・プラマーさんが亡くなった。91歳。現地からの報道は、転倒したことによる頭部の打撲が死因だと伝えていた。

トラップ大佐の名演技に拍手

筆者所有:「サウンド・オブ・ミュージック」コレクション

訃報に驚いたのには理由がある。その3日前、ニュース解説を担当しているラジオ番組で、プラマーさんが出演して代表作のひとつになった映画『サウンド・オブ・ミュージック』を話題にしたばかりだったからだ。
第二次世界大戦前のオーストリアを舞台に、トラップ一家の家族愛を描いたミュージカル。主人公のマリアを演じたジュリー・アンドリュースさんと共に、トラップ大佐役のプラマーさんは、映画の中心人物として世界中の映画ファンに温かい印象を残した。最初は厳格で冷徹だった表情が、マリアの愛と音楽のメロディーによって溶けほぐされていく、その演技は見事なものだった。映画は1966年のアカデミー作品賞も受賞した。
実はわが生涯ベストワンの映画でもある。

『サウンド・オブ・ミュージック』もうひとつの真実

画像:『pixabay』より舞台近辺の山

世界的な大ヒットとなった映画『サウンド・オブ・ミュージック』だが、舞台となったオーストリアでは意外なことに不人気だった。かつて映画の舞台となった町ザルツブルクを訪れた時に、オーストリア人の友人たちと映画の話になった。戦争に反対したトラップ一家が平和を求め、米国へ亡命していくストーリーについて、こんな言葉が飛び出した。
「いくじなしめ!逃げたんだ」
オーストリアは大戦中にナチス・ドイツによって併合され、戦後は米国はじめ連合国により10年にわたって占領された辛い過去がある。その苦難の時代を前に、祖国を離れた一家を美しく描いたストーリー、ましてそれがアメリカ映画ということに納得がいかないのだと言う。トラップ大佐を演じたプラマーさんもさぞやビックリすることだろう。

コロナ禍で映画館も苦闘

クリストファー・プラマーさんの映画では、2019年『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』を観た。新型コロナウイルスが表舞台に現れる前のロードショーだった。
その映画館がコロナ禍で大きな影響を受けている。2021年に入って出された国の緊急事態宣言では、時短営業に応じた飲食店には自治体からの協力金が出るものの、映画館は対象外なのだ。しかし、映画の上映は、飲食店の終了時間と同じ午後8時までで終わる。ナイト上映はない。感染リスクを恐れる年配客の足も遠のきがちで、対象地域の映画館にとっては苦しい日々が続いている。

007も待っている新作公開

画像:『pixabay』

さらに深刻な問題は、洋画の新作がなかなか公開されないことだ。世界的人気のスパイ・アクション映画『007』シリーズの新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』。主役のジェームズ・ボンドを演じるダニエル・クレイグさんのラスト作品とも言われ、大きな注目を集めているが、2020年4月の公開が11月に延び、さらに翌2021年4月に延期。それがさらに10月に延びてしまった。この膨大な時間に007は一体何人の敵を暗殺できた?
ハリウッド人気俳優トム・クルーズが戦闘機パイロットを演じた出世作『トップガン』(1986年)の続編も、お正月映画の予定が7月公開に延期。
アベンジャーズ・シリーズ最新作『ブラック・ウィドウ』も公開が1年延期になっている。洋画の大作は世界的な規模でロードショー公開しないと採算が合わないため、コロナ禍によってブレーキがかかっているのである。

空前『鬼滅の刃』ブームの背景

『鬼滅の刃/無限列車編』の独走だった2020年の日本映画界。邦画と洋画を合わせた年間の国内興行収入で、トップの『鬼滅の刃』は325億円を記録した。しかし、この収入額は全体の22%を占めている。竈門炭治郎(かまど・たんじろう)の独り勝ちは、それだけ他の映画が苦戦した裏返しであり、洋画の新作が公開されないことの影響は明らかだ。実際、映画館への入場者数は、前の年から45%も減少し、日本映画製作者連盟が発足した1955年以来の最低を記録した。
新作が公開できない現状を打破するため、ウォルト・ディズニーは映画『ムーラン』を自らのプラットフォーム「Disney+(ディズニープラス)」で配信した。映画館の受難は続く。

映画『サウンド・オブ・ミュージック』は、トラップ一家が平和を求めてアルプスの山を越えるラストシーンで終わる。その時に歌われるのが『すべての山に登れ(Climb every mountain)』、希望と励ましの歌である。
コロナ禍が去り、再びスクリーンの前に大勢の観客が集まる日を“トラップ大佐”クリストファー・プラマーさんも願いながら、天国でこの歌を口ずさんでいるかもしれない。

【東西南北論説風(209) by  CBCテレビ特別解説委員・北辻利寿】

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