Jリーグ開幕初期は誰がいた?名古屋グランパスで活躍した外国籍選手名鑑。

リーグ戦も再開となりますが、中断期間中は東京ヴェルディの監督解任など、名古屋グランパスにとっても今後の対戦相手となるクラブの動きもありました。10月9日放送のCBCラジオ『城所杏由音のグランパスタイム』では、城所杏由音が名古屋グランパスの歴代選手名鑑を取り上げました。
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名古屋グランパスは長い歴史を刻んでいるだけあって、グランパスを彩った名選手もたくさんいます。その時代のヒット曲と共に、紹介していきたいとのこと。
最初は、FWゲーリー・リネカー元選手。在籍は1993~1994年、Jリーグが開幕した1993年にイギリスのトッテナムから移籍してきました。1986年W杯メキシコ大会得点王に輝くなど、国際試合で多くの得点を挙げています。
何よりJリーグ開幕戦の鹿島アントラーズ戦ではジーコ元選手と豪華共演だったことも懐かしい思い出。
城所「当時のヒット曲ZARDの『負けないで』に乗せて紹介しました。元ドイツ代表ピエール・リトバルスキー元選手らと並ぶ大物助っ人として来日って、すごいですね。
リネカーって名前は私も知ってたんですけど、リトバルスキーは恥ずかしながら知りませんでした」
世代が違うことを考えれば知らないのは当然かもしれません。初期からグランパスサポーターをしている人にとっては懐かしい名前です。
名前すら知らなかった・・・
続いては、MFフランク・デュリックス元選手。現在は指導者として活動しています。
在籍は1995~1996年。1995年、当時のアーセン・ベンゲル監督からの誘いで移籍してきました。フランス代表とは残念ながら縁遠い人でもあり、代表候補合宿に一度呼ばれたのみ。
グランパスにとって初のメジャータイトルとなった天皇杯優勝にも貢献し、中心選手として活躍しました。
城所「すみません、私は名前も聞いたことがありませんでした。すみません。何度も言いますが、まだ私生まれていません。それだけは許して欲しい」
助っ人外国人は当たりはずれがありますが、活躍したほうに分類されると言えるのではないでしょうか。
リスナーからも反応が
城所も「生まれる前とはいえ勉強不足」とお手上げ状態の選手ばかり。リスナーの反応も薄いかと思いきや、そうでもありませんでした。
「デュリックス元選手、好きだったな。いつも頬っぺた赤くて、ハーフラインエリアからのロングシュートが決まった瞬間、今でも覚えてます」(Aさん)
城所「このメール、よく来たよねって番組スタッフが驚いていました。私のイメージでは寒いとほっぺたが赤くなるイメージなんです。これは暑くても赤いのかな?トレードマークだったのかな」
他の選手についてもいえることですが、やはり印象的なゴールを決めたり、チャント(応援歌)のリズムを覚えていたりする選手というのは、引退したとしても記憶が色あせることはないものです。
今回は外国籍の選手、しかも初期に限定されていましたが、最近であればGKミッチチェル・ランゲラック元選手、そしてグランパスの選手・監督として偉大な功績を残したドラガン・ストイコビッチ氏も挙げられるでしょう。他にはリスナーからフローデ・ヨンセン選手の名も挙がりました。
(葉月智世)
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