CBC 75th

CBCがあゆんだ 27,395日

1951年開局からの軌跡

日本で最初の民間放送としての開局以来、
この地域とあゆんだCBCの歴史を振り返ります。

2026

令和8年

ラジオ

「民放第一声」から75周年 ラジオ公開イベント

ラジオ放送開始から75周年を迎えた9月1日、CBCラジオは終日、「1スタホール」から特別企画を実施。「つボイノリオの聞けば聞くほど」「北野誠のズバリ」の公開生放送を行うほか、番組関連イベント・トークイベントで記念すべき日をリスナーの皆さんと分かち合います。

2025

令和7年

ブランドメッセージ「みちをひらく会社です。」

社内のプロジェクトメンバーが中心となってCBCのブランドメッセージを策定しました。メッセージの根底には、「真実と自由を求める」「価値の創造に生きる」「協同と責任をたっとぶ」というCBCの『綱領』があります。この精神を未来へ受け継ぎ、挑戦や変化に前向きな会社であり続けたい…そんな決意を表現しています。

テレビ

「ゴゴスマ」ネット25局に拡大

2015年3月のTBSテレビでの放送開始以来、年々ネット局を拡大させてきた「ゴゴスマ」。2025年3月には25局目のネットとなる山形県・テレビユー山形での放送が始まりました。

テレビ

久屋大通公園で「5チャン春祭り」開催

17年ぶりとなる、CBCテレビ主催の局イベント「5チャン春祭り」を3月19日~23日の5日間、栄・久屋大通公園で開催。各番組にちなんだグルメや限定グッズ、関連のステージイベントを揃えて、大盛況となりました。公開生放送・公開収録など、テレビの現場を存分に感じられるイベントのほか、アナウンサーによるカラオケステージも実施しました。

2024

令和6年

ラジオ

ラジオ「豊橋補完FM中継局」でワイドFMがクリアに

愛知県岡崎市(本宮山)に、東海ラジオと共同で豊橋補完FM中継局(ワイドFM)送信所を設置し、運用を開始しました。CBCラジオの周波数91.8MHzは、豊橋市とその周辺地域でもクリアな音声で聴取可能となりました。

2023

令和5年

テレビ

水曜夜は太田×石井が地元を深堀り 「デララバ」放送開始

実に11年ぶりとなる、ゴールデンタイムでのレギュラーローカル番組「太田×石井のデララバ」。2021年の単発番組での共演以来、息の合った掛け合いを見せてきた太田光・石井亮次の2人が東海地方を深堀りし、話題のスポットや地元企業・看板商品の「知らんかった」を紹介しています。

テレビ

令和に復活!「新天才クイズ」で博士に挑戦

2004年にレギュラー放送を終えた「天才クイズ」。2023年からは「新天才クイズ」として復活しています。問題を出すのはおなじみ天才博士。小学生の皆さんの熱い挑戦を、CBCホールで待っています!

2022

令和4年

2021

令和3年

ラジオ

ラジオ開局70周年 公式イメージキャラクターに「初音ミク」

2020

令和2年

ラジオ

コロナ禍でラジオまつりが「ネットで夏まつり」に

コロナ禍によって例年の「CBCラジオ夏まつり」はあるべき形を模索しました。オンラインイベント化し、スタジオでのパーソナリティのトークやパフォーマンスを動画で配信しました。この年と翌年にはCBCホールでのイベント同時開催で「ネットで秋まつり」も開催しました。

テレビ

コロナ禍のテレビ各番組 ソーシャルディスタンスを意識

70周年キャンペーン「未来にワクワクを」

2019

平成31年・令和元年

テレビ

平日16時台も生放送へ「チャント!」放送開始

16時台のドラマ再放送を大転換し、地域向けの情報番組を充実。4月1日開始の「チャント!」は16時台からの3時間枠とし、途中に全国ニュースをはさみながらも「ゴゴスマ」から5時間連続で自社制作を行うことになりました。

2018

平成30年

「華ひらく皇室文化」に皇太子さま(現・天皇陛下)ご来場

CBCテレビが企画・主催して全国巡回した明治150年記念特別展「華ひらく皇室文化 —明治宮廷を彩る技と美—」。その最初の会場となった徳川美術館には、現在の天皇陛下である当時の皇太子さまにご来場いただきました。CBCが制作した皇室関連の展覧会へのご来場は、2011年の「宮廷の雅」に続く2回目となりました。

2015

平成27年

ラジオ

ラジオ、FM補完放送(ワイドFM)を開始

都市型難聴対策として、CBCラジオがFM補完放送(93.7MHz、ワイドFM)を開始。愛知県瀬戸市の三国山FM放送所から名古屋周辺をカバーしています。

テレビ

「ゴゴスマ」TBSテレビで放送開始 初回は名古屋城空撮も

2014

平成26年

中部日本放送 認定放送持株会社へ移行、テレビ事業を「株式会社CBCテレビ」に承継

認定放送持株会社認定証 これもこだわりの「第5号」

中部日本放送が全国で5番目となる認定放送持株会社に。テレビ放送事業は新たに設立した「株式会社CBCテレビ」に承継し、テレビ放送のコールサインも「JOGX-DTV」と改められました。

2013

平成25年

テレビ

はじめはローカル情報番組だった!「ゴゴスマ-GoGo!Smile-」放送開始

14時・15時台にローカル情報番組を開拓した「ゴゴスマ」。当初は東海3県向けの生活情報番組でしたが、いまでは全国規模で「今」を届け、温かいコメンテーター陣がにぎやかに伝える、CBCの看板番組になりました。

ラジオ

中部日本放送 ラジオ事業を「株式会社CBCラジオ」に承継

2012

平成24年

テレビラジオ

統一キャンペーン「ぴたっ。CBC」

2011

平成23年

テレビ

アナログ放送終了で、「地デジ」完全移行

2011年7月24日正午、CBCテレビの地上アナログ放送が終了。同日23時59分には電波の送信を停止する完全停波を迎え、1956年のテレビ開局以来、半世紀以上にわたって続いたアナログ放送の運用が幕を閉じ、テレビ放送は「地上デジタル放送」へ完全移行しました。

ラジオ

中京圏で「radiko」サービス開始

地上波ラジオ放送をインターネット経由で配信するサービス「radiko」に、中京地区のラジオ局が新たに参加しました。radikoは2014年にエリアフリー(有料サービス)、2016年にタイムフリーでの聴取サービスを開始し、放送波に次ぐ重要なインフラとなっています。

2010

平成22年

中日クラウンズで石川遼「58」

第51回中日クラウンズ・最終日(名古屋ゴルフ倶楽部 和合コース)、石川遼選手(当時18歳)が驚異のバーディラッシュ。首位と6打差・18位からのスタートながら、前半9ホール中7ホールでバーディをマークして「28」。後半も5つのバーディをマークし、合計12バーディ。この日のスコアは「58」で、世界主要ツアーの最少ストローク記録を更新する歴史的なチャージで逆転優勝。中日クラウンズの歴史の中でも、最年少優勝、最大打差逆転優勝、1ラウンド最多バーディなど記録ずくめの快挙でした。

60周年キャッチフレーズ「ロココロ」

2008

平成20年

テレビ

「花咲かタイムズ」放送開始

これまでの土曜午前の情報番組の集大成が、現在も続く「なるほどプレゼンター!花咲かタイムズ」。東貴博&友近のコンビは週末の顔としてすっかり定着。スタジオとVTRに出演していたリポーターには、ハリセンボン・渡辺直美・ゆりやんレトリィバァなど、豪華な面々が!

2007

平成19年

中日ドラゴンズ リーグ2位からの53年ぶり日本一

中日ドラゴンズがリーグ2位ながらクライマックスシリーズを制し、勢いそのまま53年ぶりの日本一に。CBCでは日本シリーズを中継したほか、記念DVD「中日ドラゴンズ日本一記念盤 感動の軌跡2007」を製作・発売しました。同作はオリコン週間ランキングで歴代野球関連DVDの販売枚数1位(当時)を記録。中国で海賊版が出回るほどの反響を呼びました。

2006

平成18年

テレビ

夕方ニュースを刷新、「イッポウ」放送開始

夕方のニュース・情報番組を刷新し、「イッポウ」がスタート。ニュースをいち早く伝える「一報」にこだわり、視聴者の視点に「一歩」でも近づきたいという姿勢を番組名に込め、地域ナンバーワンの報道番組を目指しました。

テレビ

ケータイでテレビの新文化「ワンセグ」の普及

キャラクター「ころんちゃん」誕生

2005

平成17年

テレビ

愛知万博(愛・地球博)で「夢見る山」出展 連日の生中継も

CBC出展パビリオン「夢見る山」

3月25日から9月25日まで開催された「愛・地球博」では、中日新聞社ら計7社と協力してパビリオン「夢見る山」を出展しました。ほか、平日の午前には「まるっと万博」を編成し、連日、長久手会場から生中継しました。

ラジオ

ZIP-FMと万博公式FM局「FM LOVEARTH」を運営

「愛・地球博」に際し、CBCはZIP-FMと公式FM局を共同運営。万博の会期1か月前の2005年2月25日に開局し、会場の話題をはじめ交通情報も提供。また全国のラジオ局に先駆け、楽曲やCMをファイル化してサーバー経由で送出したことにも注目が集まりました。最終日の9月25日には、LOVE PSYCHEDELICOが出演してステージ「フェアウェルパーティー」を開催しました。

2004

平成16年

映画「ULTRAMAN」公開

テレビシリーズ「ウルトラマンネクサス」(毎週土曜午前7時30分~8時)の全国ネット放送とともに、映画「ULTRAMAN」の製作に出資しました。CBCが映画ビジネスに参画するのは、1983年公開の「アイコ十六歳」以来。劇場公開とテレビ放送を連動させるこの取り組みを契機として、IP・コンテンツビジネスの本格的な展開をスタートさせました。

テレビ

「天才クイズ」37年のレギュラー放送に幕

1967年の放送開始以来、東海地方の子どもたちに愛され続けた「天才クイズ」が37年の歴史に幕を下ろしました。9月25日に「100校対抗最終回スペシャル」を放送し、大勢の参加者で大きな盛り上がりを見せました。2023年からは「新天才クイズ」として不定期放送中です。

ラジオ

「いっしょに歌お!CBCラジオ」から名曲生まれる

2002年開始のキャンペーン「いっしょに歌お!CBCラジオ」から、夏川りみ「涙そうそう」や平原綾香「Jupiter」等のヒット曲が誕生。2004年には、市内6会場を結ぶ「FREE LIVE!」を開催し、ラジオでの7時間生放送イベントとして、その後5年間続きました。

2003

平成15年

テレビ

地上デジタル放送がスタート

2003年12月1日午前11時、高精細映像やデータ放送が売りの地上デジタル放送がスタート。特番「デジタル放送まつり」を放送して盛り上げました。これに伴い、1961年以来テレビ電波を発信してきた名古屋市のテレビ塔(現・中部電力 MIRAI TOWER)から、瀬戸市の瀬戸デジタルタワーへと送信所が移行しました。

2002

平成14年

テレビ

平日朝に「グッデイCBC」スタート

2002年4月、平日朝の全国ネット情報番組「おはよう!グッデイ」内のローカルゾーンとして、「グッデイCBC」がスタートしました。メインMCに入社3年目の石井亮次アナを起用し、「主婦層のアイドルに育てる」という制作方針のもと、柔軟な構成でアナウンサーと共に番組の成長を目指しました。

2001

平成13年

「しび・しだぞう」とペット「しび犬」 一般投票で決定

2001年7月、小泉旋風下の参院選投票日前日にCBCが始めたのは、新キャラクター選挙。大混戦の末に9月1日、癒やし系の「しび・しだぞう」氏が初当選を果たしました。この「選挙」ではデジタル新時代における双方向の試みとして携帯電話による投票を導入し、若い世代をはじめ、多くの支持を集めました。

テレビ

「晴れ♡どきドキ晴れ」放送開始

2001年4月、土曜午前~昼にかけて放送されたワイド生番組「晴れ♡どきドキ晴れ」が放送開始。「ラジオの生ワイドのテレビ版」を指向し、板東英二さんをはじめとする出演者とアナウンサー陣による軽妙な掛け合いや、ニュース・生通販を内包した長時間ワイドとして親しまれました。

テレビ

「ノブナガ」から生まれた名物企画「ワッキーの地名しりとり」

ワッキーが街の人と地名でしりとりし旅した「ノブナガ」の名物コーナー。日本中を飛ばされ続けること3年10か月、304日502か所のロケ、全国24万7千キロの旅。全国22局で放送されたほか、書籍・DVD化なども行われ、多くの視聴者に愛された企画でした。

2000

平成12年

テレビ

東海豪雨で特番体制

2000年9月11日、東海地方に甚大な被害をもたらした「東海豪雨」。CBCは当日の夕方から特番体制を組み、総力を挙げて情報収集と現場取材にあたりました。浸水した避難所や河川の決壊現場など、被害の実情を連日報道したほか、10月9日には発生から1か月を受けた特集番組を放送しました。

デジタル時代を見据えて「デジタルセンター」発足

Webサイト

本格的なデジタル時代への対応と新たなビジネスモデル構築の第一歩として「CBCデジタルセンター」が発足。ホームページの強化やデータ放送の実験、インターネットビジネスの展開、携帯端末向けサイトのスタートなど、放送の枠を超えた事業を推進しました。「hicbc.com」のドメインもここから始まりました。

テレビ

50周年 新キャッチコピーは「@(あっと)いわせる.CBC」

1999

平成11年

テレビ

ドラマ30「キッズ・ウォー」放送開始

TBS系列の「ドラマ30」枠でCBC制作23作目となった「キッズ・ウォー~ざけんなよ~」シーズン1が8月2日にスタート。シリーズは同枠で異例のヒットを記録し、のちにゴールデン・プライムタイムでの特番も制作されました。現在でも、TVerなど各プラットフォームで不定期配信され、根強いファンに支持されています。

テレビ

「ユーガッタ!CBC」放送開始

「ミックスパイください」と「CBCニュースワイド」で盤石の人気を博した夕方の時間帯を統合し、全国ニュース枠も含めた2時間枠としたのが「ユーガッタ!CBC」(平日午後4時50分~6時55分)。各地の夕方の情報番組がワイド化していたことを受けての挑戦でした。

1998

平成10年

テレビ

鶴瓶と名優がアドリブでぶつかる 「スジナシ」放送開始

1998年10月、ローカル深夜番組としてスタートした「スジナシ」は、笑福亭鶴瓶と毎回異なるゲストとが、事前の台本=「スジ」なしでぶっつけ本番の即興芝居に挑むバラエティ番組。大物俳優や第一線で活躍するスターが果敢にアドリブに挑む点が見どころで、芝居の後にはVTRを見ながら当事者同士が本音でトークを繰り広げる独自の構成も人気でした。出演したゲストの一例を挙げると…大竹しのぶ、森光子、妻夫木聡、宮藤官九郎、三谷幸喜、井上真央、マツコ・デラックスら、総勢380名以上。日本を代表する豪華な面々が、毎週出演していました。
2009年4月からはTBSでもレギュラー放送を開始し、東京・紀伊國屋ホールでの「劇場スジナシ」の開催や、DVDシリーズの展開など、深夜枠の枠を超えて大きな足跡を残しました。近年では公式YouTubeチャンネルが開設され、名作の数々が時を超えて楽しめます。

CBC放送センター稼働開始

1998年完成のCBC放送センター

現在の「CBC会館」南に位置する「CBC放送センター」が完成、11月から稼働しました。放送のデジタル化を見据えた機能集約が目的で、その後2015年には南東の一角が新たに増築されました。

1997

平成9年

テレビ

キャンペーン「ぱっかウケCBC」で「ぱっか馬之助」誕生

ぱっか馬之助

テレビ

ナゴヤドーム完成、大規模クイズを開催

この年の3月に完成したナゴヤドーム。テレビ中継も4月6日の中日戦中継からドーム発に切り替わりました。9月28日には大規模クイズ大会「超Q IN DOME」を開催。9万人以上の応募から選ばれた2万人がドームに集まり、収録は5時間に及びました。

自社公式ホームページ開設

1994

平成6年

テレビ

ボクシング「薬師寺・辰吉戦」名古屋地区平均視聴率52・2%

テレビ

「興味のルツボ」放送開始

土曜の朝に、生放送とVTRを交えて地元情報を伝えるスタイルを確立したともいえるのが「興味のルツボ」(9時25分~10時20分、のちに「興味の生ルツボ」へ)。この時間帯のCBC制作番組はその後「ユーガッタ!SAT」「晴れ♡どきドキ晴れ」「花咲かタイムズ」と受け継がれています。

テレビラジオ

初のラ・テ共通キャンペーン「Dela Sosol(デラ・ソソール)CBC」

ラジオ・テレビ共同で使うCM曲は東京バナナボーイズが作曲し、アニメーションはイラストレーターの田中秀幸さんが制作。キャンペーンは1年間続き、民放連賞テレビCM第1種部門で最優秀賞を受賞しました。

1993

平成5年

ラジオ

「つボイノリオの聞けば聞くほど」放送開始

政治経済から身近な話題、下ネタまで取り扱う「つボイノリオの聞けば聞くほど」が10月4日、放送開始。現在でもFAX・メールは1日に数百通届き、放送でもひたすら紹介。番組が大切にしている6月9日は、放送25年を迎えた2018年、「つボイノリオ記念日」に認定。毎年、CBCホールで開催される番組イベントは常連リスナーを中心に圧倒的な集客を誇ります。

1992

平成4年

テレビラジオ

Jリーグ開幕(1993)を前に グランパス応援番組がスタート

ラジオ

CBCラジオ、AMステレオ放送を開始

首都圏や関西の局に続いて、AM放送のステレオ化を実施。音楽や野球中継など、臨場感のある番組に生かされました。
その後、「ワイドFM」の開局などを経て、2021年1月10日にサービスを終了しました。

きんさん・ぎんさん 国民的ブームに

CMで一躍、人気者となった「きんさん・ぎんさん」。当時、CBCの番組にも数多く出演いただきました。
1999年にはぎんさん宅を舞台に、あえて娘である4姉妹(当時、平均年齢80歳)に注目。何気ない会話に焦点を当てたドキュメンタリー「えんがわ」を制作し、文化庁芸術祭など多数の賞を受賞。ぎんさん没後の2010年には、続編「えんがわ ~18年目の春」で日本民間放送連盟賞の最優秀賞を獲得するなど、シリーズを通して高い評価を得ました。

1991

平成3年

テレビ

今田・東野とCBC 「正解るんです」から「本能Z」までの20年

バブル期の番組の雰囲気も残しつつ、CBCによる深夜番組は90年代にも盛んに制作されました。1991年開始の「正解るんです」から、今田耕司、東野幸治による番組シリーズがスタート。「今田・東野の血が騒ぐ」の終了(93年9月)後、年始の特番となった時期を挟んで土曜午後の「名古屋が最高!」「太郎と花子」「愛のホンネ家族」へ。99年10月からの「ネッパ者」で再び深夜番組となり、「ノブナガ」「本能Z」(2020年3月終了)まで続きました。

1990

平成2年

「ハートにオンエア」CBC初の局キャラ 宇宙坊やが誕生

テレビ

硬軟織り交ぜた新機軸「ミックスパイください」放送開始

CBCの夕方を盛り上げた伝説の番組「ミックスパイください」が3月26日からスタート(平日午後5時~6時)。小堀勝啓アナウンサーによる軽妙なトークの一方で、湾岸戦争や「オウム」、阪神大震災など、時勢に応じてニュースも報じる姿勢で、看板番組へ上り詰めました。番組は1999年まで続きました。

1989

昭和64年・平成元年

ラジオ

世界デザイン博覧会で「FMデポ」を運営

名古屋市制100周年を祝うイベント向けにFM局を開設。英語によるDJが在日米軍向けラジオ「FEN」しかない時代に、アメリカにジングルを発注してニューヨークからDJを呼び寄せました。毎週末、スタジオ前にファンが押し寄せてディスコ状態。大きな熱狂を生みました。

アナウンサー最多の42人、奇跡の全員集合

CBCアナウンサーが歴代最多の42人だった1989年。全員が集合した、きわめて珍しい集合写真が撮影されていました。後列には久野誠アナ、右端には小堀アナ。前列には水分アナの若かりし頃の姿も確認できます。

1988

昭和63年

テレビ

世はバブル 伝説の深夜バラエティ続々

バブル期真っ只中の1988年、CBC初の本格的な深夜帯バラエティ番組がスタート。ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、爆笑問題、今田耕司・東野幸治ら、次世代を担う若手芸人をいち早く起用しました。漫才やコントに音楽ライブを加え、さらにお色気もまぶしたバラエティ「デイブレイク」、運行中の地下鉄でロケをした「てなもんやWARS」、アメリカの放送局が日本のディープな一面に密着する…という設定のバイリンガル番組「BAD TUNING」など、「バカバカしい企画を大真面目にやる」実験的な番組が続々と誕生。今ではここに書けない危険ネタも多めな、バブル期ならではの熱気で深夜のテレビを大いに賑わせました。

テレビラジオ

中日ドラゴンズ、星野監督下で初優勝

8月31日にマジック「25」が点灯して以降、10月7日のヤクルト戦に勝ったことで中日ドラゴンズが優勝。星野監督の下での初優勝となりました。翌日の未明から、テレビ・ラジオそれぞれで優勝特番を放送しました。

1987

昭和62年

1986

昭和61年

テレビ

深夜のニュース枠を開拓 中日新聞から中継も

4月に平日深夜のニュース枠を新設し「CBC情報デスク」として放送開始(午後11時45分~翌0時30分)。朝刊制作が行われる中日新聞からの中継を盛り込み、デスクが翌日の紙面を紹介しました。9月に「おやすみニュースワイド」と改題しながら、深夜帯の情報需要の開拓に挑戦した番組でした。

1985

昭和60年

ラジオ

創立35周年 ラジオで35時間の生放送を実施

1984

昭和59年

1983

昭和58年

テレビ

「サンデードラゴンズ」放送開始

日曜日のドラゴンズ応援番組「サンデードラゴンズ」が10月2日、放送開始。前年のドラゴンズ優勝を受けて始まった「夕刊ドラゴンズ」が源流で、放送時間やテイスト、MCを代えながら、この地域をファンとともに盛り上げ続けています。

1982

昭和57年

ラジオ

第1回「CBCラジオまつり」をCBCホールで開催

10月3日、CBCホールを会場として、単独では初となる「CBCラジオまつり」を開催。前夜から徹夜組も出るほどの熱狂的な盛り上がりを見せ、大入りとなりました。パーソナリティによるバラエティやマジックショー、人気アイドルが登場するステージが繰り広げられ、現在でも続く、CBCラジオとリスナーとが交流する看板イベントとなりました。

1980

昭和55年

ラジオ

東海3県あちこちへ 「レインボーカー」&「レポドラ」1期生

放送エリア内を移動し、中継で伝えるラジオの「レポートドライバー」がこの年、誕生。1期生は7名の女性で、アンテナやケーブルを積んだ「レインボーカー」で各地を巡りました。1985年には創立35年記念で東海3県の257市町村(当時)を制覇。2024年に「レポートキャスト(レポキャス)」と呼称を一新し、現在も続いています。

1978

昭和53年

第1回「名古屋国際音楽祭」開催

1966年のビートルズ招聘をはじめ、CBCが海外のアーティストとの事業に盛んに取り組んでいたことから、この年、名古屋で世界的アーティストの公演を定期的に楽しめる機会として「名古屋国際音楽祭」が始まりました。約半世紀が経った現在も、春から初夏にかけて、愛知県芸術文化センター等で定期公演が行われています。

1977

昭和52年

テレビ

土曜朝のローカル番組「土曜9時ハン ただ今参上」放送開始

当時としては破天荒な1時間の生放送番組「土曜9時ハン ただ今参上!」(土曜午前9時30分~10時25分)が、7月2日にスタートしました。約7kgの初期のハンディカメラをケーブルで中継車につなぎ、スタッフ総出で支えながら町内を駆け回るスタイルは、初めは戸惑いの声もあったものの、その意外性とライブ感で大人気番組となりました。12年間にわたり愛されたこの番組で培われた制作ノウハウは、その後の番組へとしっかりと受け継がれていきました。

ラジオ

「今夜もシャララ」放送開始

水曜日担当のつボイノリオと権田増美(レインボースタジオ)

曜日替わりのパーソナリティが持ち味を生かしたトークと若者向けの音楽でつづるヤング指向の深夜ワイド番組「今夜もシャララ」(平日午後11時~翌0時30分)が、4月4日にスタートしました。

1974

昭和49年

「キユーピー3分クッキング」テキスト発売開始

1974年11月1日、「キユーピー3分クッキング」の番組テキストが発売を開始しました。当初はA5サイズで2月に1冊の刊行でしたが、その後A4サイズへのリニューアルや、1980年7月からの3か月に1度の刊行を経て、2017年7月からは月刊化されるなど、長きにわたり多くの家庭の台所を支え続けてきました(2027年3月で休刊)。

中日ドラゴンズ、20年ぶりの優勝

テレビ

「CBCニュースワイド」放送開始

1974年10月1日、30分のローカルニュース番組「CBCニュースワイド」が放送開始しました(午後6時~6時30分)。それまでのストレートニュースから中継や映像を交え、地元の話題を伝える構成とし、注目を集めました。放送初回では道行く人に「幸せですか?」と尋ねて歩く中継を敢行し、話題に…。番組は1999年4月まで続き、夕方の情報・報道番組は現在の「チャント!」「newsX」につながっています。

ラジオ

「燃えよドラゴンズ!」大ヒット

巨人のV10を阻止して優勝したこの年のドラゴンズの快進撃に合わせるように、ラジオ番組「ばつぐんジョッキー」に送られた歌が大ヒット。現在でも選手の名前を入れ替えて歌われる、定番の応援歌になりました。

1973

昭和48年

このロゴで半世紀 「CBC」ロゴを刷新

開局以来使ってきた「CBC」のロゴを、現在でも使われているものに刷新。12月25日のCBC会館の外装工事に合わせて、外壁にロゴがお目見えしました。美術課の社員によるデザインで、その後1982年に線が太くなるアレンジが加わり、いまに至ります。

1972

昭和47年

新キャッチフレーズ「CBC&YOU」

新しいキャッチフレーズ「CBC&YOU」が制定され、3月15日からお目見えしました。「CBC」を頭につける強い印象や、モダンで若者向きの「YOU」という言葉、優れたデザイン性や聞こえの良さが特徴です。若者のイメージで強く印象に残る「朱色」が採用され、テレビ番組のタイトル変更をはじめ、印刷物や看板、ユニフォーム、中継車やテレビカメラなど、あらゆる分野で活用されていきました。

1970

昭和45年

テレビ

大阪万博で民放合同番組 CBCはアメリカ館から全国中継

1970年3月14日、アジア初の国際博覧会が大阪で開幕。開会式の中継特番「幕ひらく日本万国博」は、全民放テレビが系列の枠を越えて初めて一つの番組に結集した歴史的な放送となりました。CBCはアメリカ館などを担当し、3時間の生放送を行いました。

1969

昭和44年

ラジオ

深夜ラジオ全盛、オールナイト放送開始

深夜放送全盛 局アナも大人気!

3月31日深夜から、それまで深夜1時30分で終了していたラジオ放送を終夜放送へ。「CBCヤングリクエスト」を2時まで延長し、その後は「オールナイトCBC」を早朝4時50分まで放送。深夜ラジオが盛り上がっていた時代で、「ヤングリクエスト」への投書は多いときには月に2万通にも上りました。1972年10月10日からはニッポン放送から「オールナイトニッポン」をネット開始しました。

テレビ

平日午後のワイドショー「この街はこの風は」放送開始

3月31日から、ローカルワイドショー「この街はこの風は」をスタート(午後2時15分~3時、1972年3月終了)。生活の話題から社会問題まで取り上げながら、スタジオトークで深堀りするスタイルが人気を博しました。

1968

昭和43年

CBCオーケストラシリーズ 開始

1968年、世界の一流楽団を招へいする「CBCオーケストラシリーズ」が始まりました(2000年ごろまで)。創業者・小嶋源作は第1回の挨拶文で、地域社会の文化向上に寄与する事業として「音楽」を掲げています。CBCは開局以来、クラシックからポピュラーまで世界の一流音楽家を日本に招き、上質な音楽芸術を提供してきました。

1967

昭和42年

テレビ

初期の博士はロボットだった 名物番組「天才クイズ」放送開始

第1回天才クイズ

スタジオに集まった小学生が赤と白の○×帽子を被って答える、名物クイズ番組「天才クイズ」。答えを発表する博士は当初、ロボットでした。2004年9月のレギュラー放送終了後、2023年からは「新天才クイズ」として不定期で放送中です。

1966

昭和41年

伝説のコンサート「ザ・ビートルズ」日本公演を主催

ビートルズ公演パンフレット付録のポスター

世界的バンド「ザ・ビートルズ」唯一の日本公演(6月30日~7月2日)を、読売新聞社と共催。海外とのつながりを持ち、外貨も有していたCBC事業部と、アーティスト招へいにパイプがあった協同企画エージェンシー(現・キョードー東京)とが実現させた伝説の公演の模様は、7月3日にCBCテレビでも放送されました。

テレビ

「どんぐり音楽会」放送開始

CBCは数多くの子ども番組や音楽番組を制作・放送してきました。その代表的存在が「どんぐり音楽会」。小学生が出演して歌や楽器演奏を披露し、トップ賞を選ぶというもので、多くの子どもたちに歌う楽しさを届けました。(1983年終了)

1965

昭和40年

ラジオ

「0時半です、松坂屋です、カトレヤミュージックです」放送開始

3月29日放送開始、松坂屋提供の「カトレヤミュージック」は、2008年まで43年間(全1万5261回)続いた長寿番組。売り場で取材したお買い物情報を掛け合いで紹介するアドリブCMは、当時としては画期的なもので、優れたCMに与えられる「ACC賞」を受賞しました。1970年からはゲスト歌手が生で歌う形式となり、荒井由実、八代亜紀、松山千春、山口百恵ら、来名歌手のほとんどが出演。「新人の登竜門」と呼ばれて親しまれました。

1964

昭和39年

テレビ

カラーテレビ放送開始

初めてのカラー番組、TV「カラー日本めぐり」堂倉滝

この年10月の東京オリンピックの放送を見据えて、9月1日からテレビのカラー放送をスタート。社内のスタジオ設備や機材などカラー化の準備を積極的に進め、1967年からはCBCの各番組でも本格的なカラー放送が実施されました。

1962

昭和37年

テレビ

「キユーピー3分クッキング」放送開始

1957年開始の「今晩の家庭料理」、1958年からの「料理手帖」を経て、1962年12月に「キユーピー3分クッキング」がスタート。「天気予報のように毎日の献立づくりに役立ちたい」との思いから、お昼の5分枠(正味3分)でスタートしたことがタイトルの由来です。当時はテレビ局のネットワークや流通網が未発達で、地域によって家庭で入手できる食材が異なっていたため、CBCだけでなく全国の複数の放送局がそれぞれの地域に向けて独自に番組を制作していました。現在でも続き、CBCテレビでの最長寿番組です(2位は「サンデードラゴンズ」)。

1961

昭和36年

テレビ

プロ野球オールスター戦を全米に向けて

アメリカ・ABC放送からの依頼を受けて、1961年7月に中日球場で行われたプロ野球オールスターゲーム第1戦の全米・カナダ向け中継録画を制作・提供。日本のスポーツを紹介する番組とし、米国から5名のスタッフが来日してCBCの技術陣と共同で収録しました。

1960

昭和35年

中部日本放送、名古屋証券取引所に上場

上場当時は年2回・半期ごとの決算でしたが、1974年の商法改正を受け、76年以降は年ごとの決算としました。このため、2026年・創立75周年時の株主総会は記念すべき「第100期」に。時代の変遷、歴史の積み重ねを象徴する、重みのある数字です。

テレビ

民間ゴルフトーナメントの草分け「中日クラウンズ」の原点

1950年代末から国内ににわかにゴルフブームが到来する中、「中部日本招待全日本アマ・プロ・ゴルフ選手権大会」を立ち上げました(6月1日・2日)。競技の模様は全国に放送されましたが、VTRなしの全編生放送は苦労の連続。用語の解説を盛り込んだり、各選手のスコアを会場内に臨時に引いた電話で随時、収集することもあったといいます。この大会は現在まで続く「中日クラウンズ」の原点で、民間主催のゴルフトーナメントとしては日本で最も長い歴史があります。

テレビ

「中部財界人新春サロン」放送開始

1959

昭和34年

テレビラジオ

伊勢湾台風が「防災報道のさきがけ」に

南区南陽町にて 悲壮な被害者の声をきく

CBCは、災害時の情報提供が十分になかった時代から、独自の取材や調査をもとに、命を守る情報発信に注力してきました。未曾有の被害をもたらした伊勢湾台風では、接近に備えて前日から各地に記者やカメラマンを派遣するなど全社的な非常体制を敷きました。「台風が近づいています。一刻も早くお帰り下さい」「ローソクや懐中電燈のご用意を」と強く呼びかけたこの取り組みは、のちに「防災報道のさきがけ」と評されました。
台風が去ったあとの被害の実情もつぶさに報道し、8月に発足したJNNのネットワークで全国に発信しました。

JNN(ジャパン・ニュース・ネットワーク)が発足

テレビラジオ

皇太子さまご結婚パレード中継・伊勢神宮参拝

1959年4月10日、皇太子さま(現・上皇さま)と美智子さま(現・上皇后さま)のご成婚パレードが挙行され、国中が祝福ムードに包まれました。「世紀の中継」となったこのパレードで、CBCは自社開発のトランジスタカメラをヘリコプターに搭載し、皇居から東宮仮御所までの全区間を生中継。さらに17日からの伊勢神宮ご参拝も、テレビ・ラジオを通じて全国へ向け、歴史的な慶事の模様を各地へ届けました。

1958

昭和33年

テレビ

大相撲名古屋場所テレビ中継

1958年、大相撲の名古屋準場所が「本場所」に昇格したことに伴って、金山体育館からの名古屋場所中継を全国ネットで開始。1963年には全国の民放36局ネットへ拡大し、自社開発した「エレクトロズーマー」や「ハンディビジョン」といった機材を活用して放送しました。民放における大相撲の中継は翌1964年まで続きました。

ラジオ

ラジオドラマ「天草四郎」初の芸術祭賞

東京支社制作のオラトリオ(聖譚曲)「天草四郎」(脚本・並河亮、音楽・菅原明朗)がCBC初となる芸術祭賞(ラジオ部門・団体)を受賞、1月29日に東京産経ホールで授賞式が行われました。日本語による詩劇を成立させるため、宗教音楽劇の形式を採用した作品で、当時15歳の市川染五郎を主役に起用しました。合唱は東京・赤羽にあるカトリック女子修道会・星美学園のシスターたちが担当し、同修道会で収録が行われました。

1957

昭和32年

CBC歳末たすけあい運動(現「CBCチャリティ募金」)スタート

1957年12月1日、全国の歳末募金に先駆け、第1回「CBC歳末たすけあい運動(現・CBCチャリティ募金)」がスタートしました。CBC自らの100万円の拠出をはじめ、ラジオやテレビを通じた呼びかけ、アナウンサーや劇団員による街頭募金が展開され、総額183万余円の募金が結実しました。

テレビ

「大相撲名古屋場所前夜祭」スタート

当時、大相撲の「本場所」ではなかった名古屋場所を盛り上げるために始まった「大相撲名古屋場所前夜祭」。CBCホールに土俵を作り込む、大掛かりな番組でした。翌年に本場所となりましたが、1965年~77年の中断をはさみ、今日まで続いています。注目力士の普段見せないキャラクターが見られる貴重な番組でした。

テレビ

プロ野球テレビ中継が始まる

1957年3月10日、「CBC杯」として開催された中日-南海戦が、CBCテレビとしての初のプロ野球中継でした。当初は日本テレビともネットワークを結び、後楽園球場での巨人戦も中継していました(~60年)。7月のオールスターゲームは中日球場から、開局以来初のテレビとラジオの同時生放送を行いました。

テレビ

ホールからの公開番組が人気を博す

TV開局記念番組「歌の大行進」(江利チエミ)

1956年のテレビ開局に伴って、CBCホールから放送する歌番組やバラエティ番組、公開ドラマが人気を集めました。女性に向けた教養番組や料理番組をはじめ、子どもをターゲットにした番組も数多く放送されました。中でも松坂屋一社提供のドラマ「健太君の探偵」は、警察などの公共機関や地元企業のサポートを受けながら、地元の様々な場所でロケを敢行、当時の子どもたちを夢中にさせる大人気番組となりました。

1956

昭和31年

テレビ

CBCテレビ開局

テレビ開局ポスター

1952年の免許申請以来、準備が進められてきたテレビ放送が1956年12月1日、スタート。日本で3番目となるテレビ放送を開始しました(日本テレビ、ラジオ東京(現・TBSテレビ)に次ぎ、大阪テレビ(現・朝日放送テレビ)と同日)。

CBC会館 新栄に完成

新栄一丁目に、現在も使われている「CBC会館」が竣工。テレビ放送の開始を見据えてテレビスタジオとホールを備え、当時の最先端技術を集めた建物でした。地上6階、地下1階の建物は当時の新栄ではひときわ目立ったようです。

1954

昭和29年

ラジオ

初の海外中継は「アジア大会」

1954年5月、フィリピン・マニラで開催された第2回「アジア競技大会」が、日本の民放として初の海外共同取材、そして初の海外中継の場となりました。CBCからは記者と技術スタッフが特派員として現地へ派遣され、実況・録音のネットワーク中継を担いました。CBCの海外スポーツ中継の経験は、その後のオリンピック中継などに生かされることになります。

1952

昭和27年

ラジオ

ドラゴンズ地元全試合を放送

中日球場放送席(解説:杉浦清 実況:田中良一)

現在も「燃えよドラゴンズ」として親しまれる中日戦中継は、開局2年目から実施しました。開局当初からの要望に応える形で、地元で行われた全試合(65試合)を放送しました。

1951

昭和26年

ラジオ

ラジオ初期、多彩な番組が次々と

「ストップ・ザ・ミュージック」('55年当時)

ラジオ開局から間もなく、多彩な番組が次々と誕生しました。いわゆる「イントロクイズ」の先駆けだった公開放送番組「ストップ・ザ・ミュージック」をはじめ、第1スタジオで公開録音された「三菱日曜劇場」、バラエティショー「謳うCBC」、子ども向けの歌と器楽のコンクールだった「仲よしクラブ子供音楽会」など、幅広いジャンルの番組が次々放送され、聴取者を楽しませました。

ラジオ

日本初の民間放送、開局!

CBCラジオ開局ポスター

1951年9月1日午前6時30分、宇井昇アナウンサーによる民放第一声が響きました。6時55分からの「服飾講座」は、日本で初めて提供がついた「商業番組」。午前7時、「チンカラコンカラ」と軽快な音楽と時報の後、「精工舎の時計がただいま7時をお報らせしました」と日本初のCMが電波に乗りました。民放初のニュースでは、サンフランシスコ講和会議へ向かう吉田茂全権大使のハワイ到着を伝え、放送による新時代の幕開けを飾りました。戦時中は軍の統制下に、そして戦後も公共放送であるNHKのみだったラジオニュースが、民間の手によって放送された歴史的な一日でした。

1950

昭和25年

「中部日本放送株式会社」創立

1950年(昭和25年)12月15日、中部日本放送株式会社(CBC)が創立されました。発端は、中部日本新聞の小嶋源作による民間放送設立の呼びかけ。当時「民間放送」は誰も知らない未知の領域。株式の募集にあたっては「空気を売る事業」「どぶに棄てたつもりで」などと言われ、苦労したと伝わります。しかし、松坂屋の伊藤次郎左衛門社長、豊田自動織機の豊田利三郎会長、岡谷鋼機の岡谷正男社長ら地元経済の重鎮が「日本初の文化事業を、地元で育てよう」と理解と熱意を示しました。名古屋財界の協力体制により、株式募集は無事、創立総会前日に完了。地域の文化向上や社会の発展に寄与する「公共性」を強く意識した挑戦は、地元の熱意に支えられ、全国に先駆けた日本初の「民間放送第一声」へと結実しました。

2026

「ザ・ランドマーク名古屋栄」開業(名古屋市)

2025

NHKのラジオ放送開始から100年

2024

新たな「中日ビル」全面開業(名古屋市)

2022

「ジブリパ-ク」第1期開業(長久手市)

2021

東京2020オリンピック・パラリンピック開催

2020

在名民放各局による動画配信サービス「Locipo(ロキポ)」開始

新型コロナウイルス感染拡大

2019

新元号「令和」へ改元

2012

東京スカイツリー竣工

2011

名古屋市営地下鉄桜通線延伸、現在の路線図に

東日本大震災

2010

名古屋グランパスJ1リーグ初優勝

2008

日本で「iPhone」発売

2007

ミッドランドスクエア全面開業(名古屋市)

2005

愛・地球博(愛知万博)開催

中部国際空港開港(常滑市)

2004

名古屋市営地下鉄名城線が環状運転開始

2002

FIFAワールドカップ・日韓大会開催

2001

豊田スタジアム開場(豊田市)

2000

JRセントラルタワーズ全面開業(名古屋市)

1998

長野オリンピック・パラリンピック開催

1995

阪神・淡路大震災

1992

名古屋港水族館開館(名古屋市)

1991

バブル崩壊

1989

消費税スタート

昭和天皇崩御・新元号「平成」へ改元

1987

JRグループ発足

1985

NTT、JTが発足

1984

東山動植物園にコアラ来園(名古屋市)

1983

テレビ愛知開局

任天堂「ファミリーコンピュータ」発売

1978

「ザ・ベストテン」放送開始(TBS)

1976

「クイズダービー」放送開始(TBS)

1975

「まんが日本昔ばなし」放送開始(毎日放送)

1973

第1次オイルショック

1972

旧日本兵・横井庄一が帰還

1969

三重テレビ開局

「8時だョ!全員集合」放送開始(TBS)

中京テレビ開局

1968

東名高速道路開通

1966

中部日本ビルディング(旧・中日ビル)開業

1964

東京オリンピック・パラリンピック開催

東海道新幹線開業

名神高速道路開通

海外旅行自由化

1963

日本初のアニメ「鉄腕アトム」放送開始(フジテレビ)

1962

岐阜放送開局

名古屋テレビ開局

1960

安保闘争

1958

東海テレビ開局

東京タワー竣工

1957

名古屋市営地下鉄1号線(現・東山線)、名古屋-栄町(現・栄)間が開業

1956

名古屋市が政令指定都市に

1954

名古屋テレビ塔開業