スーパーから消えたアサリ 産地偽装の波紋
明るみに出た“産地偽装”
熊本県で「産地偽装」の現場を目の当たりにしたのは、3年前。
有明海の干潟近くに置かれたコンテナには、びっしりと麻袋が積まれていた。
【記者】「大量のアサリを干潟に撒いています」
麻袋の中身は、中国産のアサリ。
干潟では、以前撒かれたアサリの回収作業も行われていた。
【熊本県の業者】「中国産で買っても、浜に入れて客に出すときに日本産になる」
輸入したアサリの鮮度を回復させる目的で干潟に戻す
『蓄養(ちくよう)』という行為を悪用し、産地偽装を長年繰り返してきたのだ。
「誰が見ても犯罪」アサリが消えた
ことし1月のCBCテレビの「アサリ産地偽装」報道を受け、各所で波紋が広がった。
【熊本県 蒲島知事】「誰が見ても犯罪ですよね」
熊本県は2か月間、熊本産アサリの出荷を停止するという、異例の措置を取った。
農水省は、「熊本県産アサリの97%に外国産が混入している可能性が高い」と発表。
【岸田首相】「熊本県が進める産地偽装防止の取り組みに協力していきたい」
日本の食卓に欠かせないアサリが、全国のスーパーから消えた。
“産地偽装”の背景にあるもの
産地偽装の背景には、国産アサリの減少があると言われている。
減少した分を補うように輸入アサリが増加し、今では中国など「外国産」が9割を占める。
アサリが獲れなくなった原因について専門家は。
【水産技術研究所 浜口昌巳 主幹研究員】「世界的な規模で起こっている環境変動によってアサリが獲れなくなっている」
「温暖化が進んで水温が上がるとアサリにとって住みにくくなる」
16年連続でアサリの漁獲量日本一を誇る愛知県でも、
その数は、ピーク時の1割未満に留まる。
希少な天然アサリを外敵から守るために行われているのが、プラスチックのカゴに入れ、海水に浸けて養殖する「垂下式」。
地元の漁師が4年前から始めた、全国的にも珍しい養殖方法だ。
【愛知県のアサリ漁師】「天然で獲ったアサリの身入りをよくする」
栄養分の多い場所にカゴを設置するなど工夫を凝らすが、漁獲量が落ち込み、アサリ漁師を取り巻く環境は厳しいという。
【愛知県のアサリ漁師】「良いときと比べると3分の1とか4分の1に収入は落ち込む」 「(アサリ漁師は)真っ当にやっている方がほとんど。各地域で頑張っていけたら」
告発した社長の闘い
産地偽装の実態を明かした、福岡県柳川市の水産加工会社「善明」の吉川昌秀社長(34)。
産地偽装に手を染めた過去を反省し、偽装がなくなればとの思いからだった。
【吉川昌秀社長】「報道があっていろんな行政の動きがあって一週間で世の中からアサリが消えた」
「信頼がなくなるのは一瞬でそれを元に戻すのは相当時間がかかるし苦労する」
しかし、同業者からの風当たりは強いという。
【吉川昌秀社長】「圧倒的に批判の声が多い。偽装を公にしたことによってもう生活が出来なくなったじゃないかと」
吉川社長は、産地偽装をなくすための協議会を設立。
国産アサリの漁獲量が大きく減少する中、「中国産アサリ」をブランド化する取り組みを始めた。
当初は買い手を見つけるのに苦労したものの、熊本産アサリの出荷停止などを受け、2月初め、「中国産アサリ」の初出荷にこぎつけた。
【営業担当者】「うちのアサリは中国産になるんですけど、1回お出ししてみてもいいですか」
石川・青森・甲府など8か所の卸売市場に出荷することが決まった。
“中国産ブランド”の行方
そのうちの一つ、福島市の地方卸売市場。
2月4日、中国産のアサリが初めてセリにかけられた。
【卸売市場でのセリ】「500円で6番、ありがとうございました」
落札価格は1キロ500円。
これまでここで取引されてきた熊本産より200円ほど安いという。
【卸売市場でのセリ】「国産のアサリが減少している中で中国産も売っていかないといけない。ブランドアサリをテレビで見つけて福島でも売っていこうと」
福島県内のスーパーには、吉川社長ら協議会が育てた
中国産アサリが初めて店頭に並んだ。
アサリのパックを手に取った女性に話を聞いた。
【【記者】「今中国産のアサリを取材していまして」
【女性】「これ中国産なの?」
【記者】「どうして手に取った?」
【女性】「これ(産地)見なかったね」
福島県・伊達市に住む菅野さん。
スーパーでアサリを買い、味噌汁を作るのが日課だという。
【菅野さん】「うまい、思ったよりうまい。変わりないよね?中国産のわりに美味しい」
【菅野さんの夫】「同じなんだ。表示が熊本産じゃないから怒られたんだよな」
吉川社長ら協議会の中国産アサリは無事、消費者の元に届いた。
「なんとなく」「日本の方が」
一方、熊本県内のスーパー。
中国産として正しく表示されたアサリを扱い始めたが。
【スーパーの従業員】「お客さんがパッケージの産地を見て、え?っていう顔をしているのを見ていた。反応があまり良くなかった」
「熊本産」を扱っていた時は、毎日10キロが完売していた。
しかし中国産は売れず、アサリの入荷自体をやめた。
2月11日と12日に、CBCテレビが東京都内のスーパー30店舗で調べたところ、実に3分の1の店舗で、アサリが並んでいなかった。
影響は愛知県内のスーパーにも。
【スーパーの従業員】「本来だったらこのあたりにアサリが並んでいた。今は入荷していない」
【買い物客】「中国産に対するイメージはあまりよくないのでなんとなく避けたり」
「日本の方が衛生管理もいいと思う、向こうなんかより」
輸入アサリは貝毒や残留農薬の検査を受け、基準を満たしたものしか流通しない。
消費者の国産志向は根強いが、国産アサリも手に入りづらくなっていた。
【スーパーの従業員】「愛知県産は非常に値段が上がっていて、扱いにくくなっている。仕入れ価格で2倍から3倍くらいになっている。仕入れたとしても倍近くで売らないといけない」
中国産は売れず、国産は急激な値上がり。
こうしてアサリはスーパーから消えた。
行政は知っていたのか
産地偽装の実態を、国はどこまで把握していたのか。
2月18日、金子農水相に聞いた。
【金子農水相】「なかなか産地偽装の調査は非常に難しいと思うんです。」
【記者】「市場調査より前にこういう規模感の産地偽装がおこなわれていたのは
把握されていたのか?」
記者の質問後、職員の1人が金子農水相に駆け寄った。
手元のメモを見せながら耳打ちする。
【農水省の職員】「大規模なことがわかったのは最近です。」
【金子農水相】「農林水産省としては今回、初めてわかったと。」
2008年に熊本県の蒲島知事宛てに
愛知県の元アサリ卸売業者から出された要望書が残っている。
アサリの産地偽装について指摘した内容だ。
しかし、当時の熊本県からの回答は次のような内容だった。
「輸入後にどのような流通経路で消費されたのか、
または干潟にどの程度の量が撒かれたのかは分からない状況です」
2月18日、取材に応じた蒲島知事。
以前から大規模な産地偽装を把握していたのではないかと尋ねると。
【熊本県 蒲島知事】「たぶん私のところにこれほどの大きな問題であるということが担当課が察知すれば、当然すぐに県庁全体の問題として取り組むと思いますけど、たぶんそこの敏感性が足りなかったという反省はあります。」
「信用してもらえるように」
2月22日、産地偽装の混乱の中、ことしの愛知産アサリの出荷が始まった。
【愛知県のアサリ漁師】「出荷に至ったことは本当にうれしい」
「日本全国アサリ業者一致団結して消費者に信用してもらえるように頑張っていかないかんかなと思う」
旬を迎える、ニッポンのアサリ。
国産モノか、輸入モノか。
正しい表示に基づいて、何を選択するのか。
決めるのは、私たち消費者だ。