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ドラの巻【CBCドラゴンズ情報】

「胴上げに出遅れて怒られる、最高の場面でのブーイング…」岩瀬仁紀、川上憲伸の記憶に残る試合とその裏側

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「胴上げに出遅れて怒られる、最高の場面でのブーイング…」岩瀬仁紀、川上憲伸の記憶に残る試合とその裏側 | ドラの巻【昇竜復活へ!CBC中日ドラゴンズ情報】 | CBCテレビ・CBCラジオ

「とある妄想しがちなファンのドラゴンズ見聞録」
CBCテレビ「サンデードラゴンズ」(毎週日曜日午後12時54分から東海エリアで生放送)を見たコラム

 美しく咲き誇った桜も散り若葉も芽吹きはじめるこの季節。呼応するように、鮮やかなグリーンのグラウンドと白と青のユニフォームが今年もまた始まるんだなと思わせる時期だ。そんな日常もこの状況では遠い存在のように感じてしまいそうになる。今はただそれぞれのできることをやっていくしかない。愛知県でも県独自の緊急事態宣言が出され、練習時間にも取材などもより一層厳しくはなっている。しかし選手たちもまだ決定はできない開幕に向けて準備をしつつ、SNSを使ってファンへのメッセージを発信するなど、一生懸命に気持ちを繋がせてくれている。プロ野球という日常がない今がからこそ、その日常に盛り上げられたり、悲しんだり、救われた気持ちを糧に、またその日常を取り戻すために気持ちを絶やさずにいたい。そんな中、気持ちを思い起こさせるような試合を振り返っていく。

■川上憲伸記憶に残る試合1位の決め手は表情?!

川上憲伸といえばマウンド上で見せるガッツポーズでファンの印象に残る試合を彩ってきた。そんな川上氏の記憶に残る試合を振り返っていく。

3位 2004年5月15日のベイスターズ戦
0-0で迎えた7回に自ら2ランHRを放ちそのまま逃げ切り完封した試合。川上氏は打撃にも定評のあるピッチャーとして有名だが、HRと完封でその力を見せつけた試合は川上氏にとって特別だったようだ。

「少年野球でやっているときはピッチャーで4番バッターが普通だったが、プロ野球の世界でできたというのが充実感があって嬉しかった。」

そのチャンスで回ってきた打席では何を考えていたか?

「ホームラン!そりゃあ男気ですよ。当時のベイスターズは外野の守備が良かったし、打線も良かったので(ピッチャーとしては)2点欲しかった。」

ピッチャーとしての試合運びにも関わる得点を、狙って自力で奪取していく様は、流石エース川上憲伸というしかない。そんな試合を終えて脳裏をよぎったのは・・・
「これ監督賞どうなるの?という感じですよね。投手部門でもがんばって、野手部門でも頑張ったので、ダブルでもらえる?と思った翌日投手部門でしかもらえなくて、アレ?っと思ったら『もういいだろ』と言われて、それが一番ショックでしたね。」

2位 2002年8月1日のジャイアンツ戦
その年日本一になったジャイアンツ相手に谷繁氏とのバッテリーでノーヒットノーランを達成した試合。

「キャッチャーとのコンビネーション、一人ではなく二人の達成感をすごく感じた。」

翌年メジャーへ移籍する4番松井秀喜への対戦する際の思いをこう語る。

「前日には松井さんは2本ホームランを打っていた。試合前から緊張していた。谷繁さんは攻めのリードをしてくると。僕は外角に落とすイメージだったが、内角高めにカットボールを要求してくれたので、僕の気合いに火がついた。」

その意気込み通り、松井を3打数3三振と完璧に抑え、試合を乗り切ってノーヒットノーランを達成した。

1位 2006年4月7日のジャイアンツ戦
ジャイアンツのエース上原浩治との投手戦の最終回に、立浪氏の満塁サヨナラHRで劇的な勝利を収めた試合。
1-1のまま迎えた9回裏、森繁和投手コーチから「次のイニングどうする?」と聞かれた川上氏。

「『同点だったらいきます!』と言ったものの、もう流石につかまるぞ、もう無理だなと思っていた。」

そんな川上氏を助けるかのように、1死満塁のチャンスに立浪和義に打席は回ってきた。その場面を回想して川上氏は語る。

「立浪さんは打ち取られないバッター。絶対点は取ってくれると思っていた。立浪さんに僕の監督賞をどうぞ!と言いたくなるくらい嬉しかった」

そんな最高の結末を迎えた試合で、川上氏が一番気になっていたものは思わぬところにあった。

「上原くんの表情も気になっていた。(上原浩治投手の表情が)この上なく嬉しくて。」

同級生のライバルとの勝負、相手の悔しそうな表情も次の対戦への活力となる。感情を表に出す川上氏だからこその印象に残った表情、試合だったのかもしれない。試合が終わってからもメールで「俺が勝ったな」と送り、上原氏からも「お前に負けるのが一番悔しい」とやり取りするなど二人はお互いに刺激し合う良きライバルだったことが伺える。

一方、岩瀬氏も試合に勝った時に表情を伺うというが、その理由は先発投手の川上氏とは全く異なる理由だった。

「そのバッターがどういう表情してるのかなって。思いっきり悔しがっているときは、最後決めたボールで次入るのは危険だなって察知しますからね。」

それ故に、派手なガッツポーズはしなかったというのも納得の理由。

■岩瀬仁紀の記憶に残る試合!鋼の守護神を築き上げた道筋を辿る

3位 1999年9月30日のスワローズ戦
ルーキーイヤーで優勝決定戦となる一戦、1イニングを無安打無失点に抑えて、勝ち投手になった試合。その試合で優勝が決まる瞬間に乗り遅れてしまったその時の心境を岩瀬氏はこう話す。

「ペタジーニがセカンドフライを打ち上げるんですけど、その時にベンチにいたんですが、みんな出て来るのが早かった。取ってないのに、みんな出て行って乗り遅れて。輪の中に行ったんですけど、押し出されて。憲伸と一緒にセンターに向かって万歳してたんですけど、星野さんに『なんでオマエ、俺を胴上げしないんだ』って怒られた。」

優勝が決定し、チームへの貢献も大きいにもかかわらず、そんな間の悪さで怒られてしまうエピソードをシュンとした表情で語る岩瀬氏。伝説的な功績を残しつつも、人間味あふれる岩瀬氏の魅力を再確認できるエピソードでした。

2位 1999年4月2日のカープ戦
開幕戦に中継ぎとしてプロ初登板するも、3安打1失点で1アウトも取れずに降板した試合。頭が真っ白だったと話すこの試合については・・・

「真っ白ですよね。自分が行くなんて思ってもみなかったですから。(打ち込まれている時は?)自分がやっているような感じではなく、走馬灯のように勝手に流れて行くみたいな感じ。」

プロ野球選手じゃなくても、入っていきなりの仕事でこんなことを任されたらパニックになるだろう。その上ベンチに帰ってからも、コーチや監督から何も声をかけられなかったと聞くだけでも、胃がキリキリする状況だ。しかし、このショック療法が功を奏してか、ルーキーイヤーながら65試合に登板して、10勝2敗、防御率1.57、最優秀中継ぎのタイトル獲得と素晴らしい成績をおさめた。

1位 2007年11月1日のファイターズ戦
日本一に王手をかけた試合で、山井大介投手が8回までパーフェクトピッチング。この緊迫した状況の中、9回に登板した試合。自分が投げていいのか?と感じた、その登板の心境を苦々しい表情で語る。

「(球場内は)異様すぎますよね。僕が出て行ってブーイングみたいな雰囲気になっていたので、嫌でしたよ。(勝負モードに切り替わったのは)バッターを見てからですね。」

岩瀬氏は日本シリーズを6度経験して、20試合に登板、失点0という驚異的な数字を残している。その理由についてこう話す。

「シーズンと違ってあんまりプレッシャーを感じて投げてなかったということじゃないですか。これは特別な試合だから、楽しむもんだと思って投げていたんですけど、楽しめなかったのが、あの試合でした(笑)」

岩瀬氏の試合以外での素朴な人柄と、試合に入り状況が追い打ちをかけるような場面での切り替えは、実に職人的だ。そんな選手を育てられるのは、優勝や日本一が掛かった大勝負の力も大きいだろう。そうした戦いに少しでも多く挑めるように、開幕した暁には力を発揮してもらいたい!それまでは振り返ったり、未来を妄想しながら、それぞれのやり方で闘っていこう。必ずやってくる新たな熱い試合を見据えながら。

澤村桃

画像:「サンデードラゴンズ」に出演する岩瀬仁紀さん(C)CBCテレビ

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