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ドラの巻【CBCドラゴンズ情報】

“英智節”、“ODA劇場”へタイムトラベル サンドラ的竜戦士ヒーローインタビュー傑作集

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“英智節”、“ODA劇場”へタイムトラベル サンドラ的竜戦士ヒーローインタビュー傑作集 | ドラの巻【昇竜復活へ!CBC中日ドラゴンズ情報】 | CBCテレビ・CBCラジオ


【サンドラを観られなかった全国のドラ友と共有したい番組のコト】

CBCテレビ「サンデードラゴンズ」(毎週日曜日12時54分から東海エリアで生放送)をみたコラム

このコラム(?)は「サンドラ」を見られなかった全国のドラ友に話したい! との思いから番組の内容を綴る、竜党のみなさんに向けた、竜党による、竜党のためのコラム(?)である。
5月17日の放送で共有したいトピックスは、サンドラ厳選“名言珍言・喜怒哀楽ヒーローインタビュー特集”。感動のお立ち台シーンはもちろんのこと、竜に一大ブームを巻き起こした“あの”名台詞や、独特の世界観で竜党を魅了してみせた“迷言”まで・・・。サンドラならではの丸秘エピソードとともに送る名場面をプレイバック!! まずは、『あの人に捧ぐ! 忘れられないお立ち台』から。

■柳裕也『天国の父親に伝えたい』

 2017年ドラフト1位入団・柳裕也投手の“あの人に捧げるヒーローインタビュー”は、同年6月18日のライオンズ戦。小学6年生の時に事故で父親を亡くしていた柳が3度目の先発で挙げたプロ初勝利はくしくも『父の日』だった。

◎柳裕也ヒーローインタビュー
―このプロ初勝利はだれに伝えたい?
「きょうは父の日という事もあるので、(天国の)父親には伝えたいと思います。仏壇にボールを送りたいと思います」

◎サンドラMEMO
ドラゴンズのドラフト1位入団で1年目に勝利を挙げた投手は、柳投手を含めて『14人』。この数は意外と少ないと感じる!?

■石井裕也『感謝の思いは涙と共に溢れんばかりに』

 2005年ドラフト6巡目の石井裕也投手が先天性感音性難聴の障がいを乗り越えてプロ初勝利を掴んだのは、ルーキーイヤーの4月17日のタイガース戦。お立ち台に上がると、それまでに支えてくれたすべての人たちへ感謝の気持ちが溢れた。

◎石井裕也ヒーローインタビュー
―支えてくれた方の顔が頭に広がっているのでは?
「・・・、まぁ・・・(言葉につまり)。これからも応援をよろしくお願いします」

◎サンドラMEMO
ウイニングボールは岩瀬投手が手渡した。スタジオ解説の岩瀬仁紀さんに当時を振り返ってもらったのだが・・・。
岩瀬氏「えぇー覚えて・・・、覚えてないです(キッパリと観念して苦笑)!! 初勝利がかかっている投手をリリーフするときの気持ち?やっぱり嫌ですよ。潰しちゃいけないって気持ちがすごくありますからね」

■大豊泰昭『星野監督に捧げる逆転サヨナラ3ラン』

 1991年9月23日、スワローズ戦。5連敗中で負ければ3位転落となる試合は、9回表終了時点で3対5の劣勢に立たされていた。さらにこの日は、星野仙一監督が球団首脳部に辞意を申し出たことが明らかとなり、星野監督は選手たちに「残り試合を(俺が監督を務めた)5年間の総決算だと思って戦ってくれ」と伝えていた。すると9回裏、二死1、2塁の場面。星野監督に捧げる逆転サヨナラ3ランを放ったのは大豊泰昭選手だった。

◎大豊泰昭ヒーローインタビュー
―ベンチに帰ってきて星野監督が声をかけてくれましたね
「監督に申し訳ないことばかりやっていて、本当に、きょうだけは凄く監督に“やったぞ”って言いたい気持ちですね」

◎サンドラMEMO~星野監督が…
全選手、スタッフの前で辞意を伝えると、郭源治や立浪和義が涙。その後の5試合を4勝1敗と健闘をみせた。

■柳沢裕一『古巣を見返し男泣き』

 2004年7月21日、ジャイアンツ戦。相手チームのエース上原浩治から決勝タイムリーを放った男は並々ならぬ想いで打席に。5年前にトレードで放出された柳沢裕一は値千金の一打で古巣を見返してみせた。

◎柳沢裕一ヒーローインタビュー
―初球からいきましたね
「(上原投手は)いいピッチャーなので、追い込まれたら苦しいと思っていたので、初球からいこうと思っていましたし、僕はジャイアンツを出された人間ですから、なんとかきょうまで活躍できたことが、すごく嬉しかったです」
―この声援です
「ありがとうございます。本当に嬉しいです」

◎サンドラMEMO~涙の理由…
その年にジャイアンツから移籍してきた川相昌弘選手から「一緒に見返そう」と誓っていた。岩瀬さんに聞く、柳沢選手はどんな選手?
岩瀬氏「野球に対してすごく熱い選手でしたね」

■中田賢一『見ていてください、お父さん』

 2007年4月1日、スワローズ戦。この日の先発・中田賢一は1カ月前に父親をがんで亡くしていた。何度もピンチを乗り越える力投でチームを開幕3連勝に。中田にとって父親は野球の師匠でもあったという。

◎中田賢一ヒーローインタビュー
―お父さんが亡くなり、いろいろな思いがあったのでは?
「そうですね。きょうで1カ月になるんですけど・・・勝ててよかったです(涙がこぼれるのを必死にこらえて)」
―5回満塁のピンチもお父さんが見ていてくれたと思います
「(言葉を絞り出して)はい、そう思います」

◎サンドラMEMO~この試合は…
井端弘和選手が通算1000安打達成。このシーズン、ドラゴンズは日本一に。

■立浪和義『万感のミスタードラゴンズ』

 2006年10月4日、カープ戦。ドラゴンズは2位に3ゲーム差をつけて、マジック6の首位に立っていた。9回裏、一死1、2塁のチャンスに代打で登場したのは、若手の台頭でスタメン出場が減っていた立浪和義選手。すべてのファンの期待を一身に受けて打席に立つと、右中間を破るサヨナラ打で試合を決めた。“好球必打”を貫いてきた男のひとふりが光った。

◎立浪和義ヒーローインタビュー
―(コールされた時の)大声援はいつもどう受け止めていますか?
「本当に感謝の気持ちでいっぱいで、いつも涙が出そうになるんですけど。本当に・・・期待に応えられてよかったです」

◎サンドラMEMO~涙の理由は?
「7月から代打起用が増えた。コールのたびに大歓声で迎えられた事に報いることができた」から。

■岩瀬仁紀『こらえきれない涙』

 2018年9月28日のタイガース戦は、岩瀬仁紀投手が前人未到の1000試合登板を達成したメモリアルゲーム。ドラゴンズで同期入団だった福留孝介選手を真っ向勝負でファーストゴロに打ち取ると、お立ち台では込み上げるものを抑えきれなかった。

◎岩瀬仁紀ヒーローインタビュー
「まさかここまで来るとは思わなかった。長い、長い道のりでした。(福留)孝介とは、同期でやってきたんで・・・思うところはありましたけど。最後は打ち取れてよかったです。きょうのこの歓声というのは、自分の中にすごく響きました」

◎サンドラMEMO~当時のヒーローインタビューを振り返って
―岩瀬さんにとって福留選手とはどんな存在?
「入団してからいろいろなことがありましたから。長かったなという思いから(当時のコメントが)出ましたね」
―岩瀬さんにとって福留選手とはどんな存在?
「同期入団で孝介はドラフト1位。孝介に負けたくないという思いもありましたし、孝介が活躍することで自分も刺激されて頑張ろうという思いになれました」
―久しぶりに自分のヒーローインタビューを見た感想は?
「恥ずかしいですね」

◎岩瀬氏のヒーローインタビューにまつわるエトセトラ
―現役時代のヒーローインタビューを振り返って
「ボクはヒーローインタビューが苦手なので。出てくれと言われても、何回か断ったことがありますね(苦笑)」
―ベンチ裏に下がっている選手はヒーローインタビューを聞いている?
「ナゴヤドームのロッカーはヒーローインタビューがそのまま流れているので、聞いたりしていました」
―相手チームの選手が調子に乗ったヒーローインタビューをしていると“カチン”とくることはある?
「やっぱりありますよ。だからヒーローインタビューは気をつけないといけないですよね」
―岩瀬さんがお立ち台で涙を見せたことは?
「1000試合登板の最後のお立ち台ですね。もう引退を決めていたので、これが最後になるんだという思いからウルッときましたね」

■小田幸平『やりましたー!!』

 ファンとともに絶叫するヒーローインタビューを始めた先駆者といえば、“竜の爆笑製造機”の異名を取る小田幸平選手で間違いないだろう。あの名調子『やりましたー!!』を初披露したのは、2010年7月19日のベイスターズ戦。小田は3打点の活躍を見せ、ジャイアンツ移籍後初となるナゴヤドームのお立ち台に上がり・・・。

◎小田幸平ヒーローインタビュー
「(この後、捕手として)0点で抑えないといけないという気持ちがあったので、あまり騒げなかったんですけど、やりましたー!!」

 この日から続々と他の選手も「やりましたー!!」のフレーズで絶叫型のヒーローインタビューを展開。翌日は浅尾拓也投手、翌々日は大島洋平選手が。さらにリーグ優勝を果たした際には選手会長の森野将彦選手がビールかけの音頭に使った。

◎サンドラMEMO~「やりました」という名前の…
2011年12月6日、サンドラの企画で名古屋競馬場にて「小田幸平やりましたーっ!!特別」というレースが開催。当時の新聞などにも、そのレース名が掲載された。ちなみに、小田はこのレースをしっかり的中させたとのこと。

■平田良介『堂上さんは同世代ではないです』

 「思わず笑ったヒーローインタビュー」部門で現役選手の中から選ばれたのは、“竜のお笑いリードオフマン”平田良介選手。若手時代は天然キャラのイメージが強かったものの、中堅へと成長するにつれてお立ち台の受け答えは貫禄のあるコメントに変わっていった。

◎平田良介ヒーローインタビュー
●2011年6月4日(※当時23歳)
「明日デーゲームなのでお酒は控えるようにお願いします」
●2011年10月10日(※当時23歳)
―昨日は同世代の堂上剛裕選手がサヨナラヒット。同世代の活躍はどうですか?
「同世代!? あの、二個上です、堂上さんは。同世代ってどういう意味?・・・あっ(照笑)」
●2019年5月5日(※当時31歳)
「元号も令和に変わりまして、日本国民の私としては平成に感謝をしたいと思います。野球人の自分としては、特に変わりはありません」

■英智『ベースボールスタイル』

 「僕は憲伸さんとかと違ってスーパーサイヤ人じゃないので、追いつけるようにナメック星人ぐらいで頑張ります」と自虐ネタのヒーローインタビューで話題を集めたのは、オレ竜黄金期のスペシャリストとして活躍した英智選手。しかし、真の魅力は自虐ネタではない。「英智のベースボールスタイルである、高校球児スタイルを用いて・・・」、「最後まであきらめないのが自分のベースボールスタイルなので・・・」と独特の世界観を披露した“英智節”。謎に包まれた“英智のベースボールスタイル”とは? サンドラの秘蔵映像で明かされる!?

◎英智ヒーローインタビュー
●2006年5月3日、ベイスターズ戦。決勝タイムリーを放ったお立ち台にて
「(監督に)代えられるのかなと思いながらベンチの方を4回ぐらい見ましたけど、自分の打席に入るときの音楽が鳴りだしても監督が出てこないので、“ボクか”と思って心を決めました」
●2006年5月4日、ベイスターズ戦。前日に続く殊勲打で連日のお立ち台
「きょうは打席に入る前、監督の方を1回も見ずに入れましたので良かったです」

◎サンドラMEMO~英智選手のベースボールスタイルとは…
英智選手が野球を行う上でモットーとしている考え方・心構え。全部で48個あり、『英智スタイル48』という本も出版。さらに2012年1月に放送されたサンドラの企画内で英智選手自身の口で語られていた。その模様は以下記載。

英智:アメリカンスタイルみたいなものですけどね。ベースボールスタイルもね
若狭アナ:どういうことでしょう?
英智:多くまとめてあるのはアメリカンスタイルじゃないですか。そのごく一部がベースボールスタイルです
若狭アナ:よく分からないんですけど
英智:朝起きてブラックのコーヒーを飲むところからベースボールスタイルにつながっているんです

■イチ視聴者(筆者)の番組感想まとめ。「“英智のベースボールスタイル”って一体?」

 今週のサンドラを観た感想・・・。“英智のベースボールスタイル”とは、つまり高校球児のように最後まで諦めないスタイルなのだと当時から理解していたのだが、サンドラでアメリカンスタイルとブラックコーヒーの単語が出てきたあたりから筆者は理解不能となってしまった。アメリカンスタイルを理解することで、“英智のベースボールスタイル”が理解できるようになるのか・・・? あくまでアメリカンスタイルの一部が“英智スタイル”なのか・・・? そもそもブラックコーヒーはアメリカンなのか・・・? とにもかくにも『英智スタイル48』を手に入れなければ答えには辿り着けそうにない。まずは購入するとしよう。

竜党のどなたか、もしも“英智のベースボールスタイル”をご承知でいらっしゃいましたら、是非ともご教授願いますと幸いです。

(このコラムを書いたのは・・・、サンドラ視聴歴約30年のアラフォーな竜党おじさん)

画像:「サンデードラゴンズ」より現役時代の小田幸平選手(C)CBCテレビ

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