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「館山キラー」に「自称4割」元・中日、グスマンとカラスコの思い出

「館山キラー」に「自称4割」元・中日、グスマンとカラスコの思い出
アナウンサーコラム
日めくりドラゴンズ

「館山キラー」に「自称4割」元・中日、グスマンとカラスコの思い出

 2019年2月14日(木) 10:10
榊原 悠介
榊原 悠介

2011年2月14日。新外国人のフェリックス・カラスコは、沖縄で24回目の誕生日を迎えた。ジョエル・グスマンと共に、この年に中日に加入。来日3年目を迎えたトニ・ブランコを脅かす存在として期待された。

自称4割男・カラスコ

カラスコは、謎に包まれた外国人だった。

2008年に米マイナーリーグ・1Aで16本塁打、2009年に同じく1Aで9本塁打を放った記録はあるものの、前年に所属したドミニカ共和国の国内リーグでの正確な記録は残っておらず。「打率4割」は本人の弁。
キャンプ中に行なわれた練習試合でホームランを放つなどアピールを見せるも、シーズンに入ると自称・4割男のバットから快音は聞かれなかった。一軍での4打席はすべて三振。二軍でも打率1割4分5厘。55打数で25三振と、残念ながら日本のレベルに対応できなかった。

飛ばし屋・グスマン

一方、「パワーはブランコ以上」という触れ込みで入団したのが、グスマンだった。前年は米マイナーリーグ・2Aで33本塁打を放って本塁打王を獲得。2006年から2009年までは、3Aで3年連続15本塁打以上を記録していた。

オープン戦では打率2割8分9厘、1本塁打。三振の多さ(14)は気になったが、まずまずの成績を残し、開幕スタメンを勝ち取った。

鮮烈なデビューだった。

横浜スタジアムでの開幕戦。ブランコを六番に追いやり、五番・右翼で出場すると、2点ビハインドの4回。ランナーを二人置いて来日2打席目が回ってきた。
山本省吾の投じたボールを捉えると、打球はレフトスタンドへ一直線。来日初本塁打は逆転3ランとなった。

CBCテレビ:画像『写真AC』神宮球場

デビューこそ華々しかったものの、日本の野球への適応には苦しんだ。選球眼が悪く、四球はわずか9。238打数で三振は81を数え、打率が1割台を抜け出すことはなかった。
だが、飛ばす力は本物だった。マツダスタジアムでは左翼席を越えて場外へ、横浜スタジアムでは最上段へ、特大弾を飛ばした。神宮球場では、バットを折りながらフェンスを直撃する二塁打を放った。

館山キラー

グスマンを語る上で、ヤクルト・館山昌平との対戦は外せない。

中日にとって館山は天敵。前年までの3年間で3勝11敗と苦しめられていた。
その館山に対して、グスマンは11打数8安打。打率7割2分7厘という、驚異的な数字を残した。

初対決となった4月21日は3打数2安打、5月5日には3打数3安打、8月4日には4打数3安打。この相性のよさを買われて、天王山の10月11日にもスタメン出場。この試合はヒットこそなかったものの、四球を1つ選んだ。

この年、中日は館山に対して4勝1敗と、天敵を攻略。ヤクルトとの熾烈な優勝争いを制し、連覇を果たした。

翌年は館山に・・・

共に1年でチームを去ったが、カラスコはもとより、グスマンに関してはもう少し様子を見てよかった気もする。
守備は比較的安定しており、26歳いう年齢に身長196センチという恵まれた体格は、大化けする可能性があったかもしれない。

そしてなにより、グスマンの去った翌2012年、中日は館山に2勝4敗(CSでも1敗)と再び負け越した。「館山キラー」として置いておくことは・・・さすがに厳しかったか。

【CBCアナウンサー 榊原悠介
中日ドラゴンズ検定1級。日付からドラゴンズの過去の試合を割り出せる特技を持つ】

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