Program | 2017年のプログラム

旧東ベルリンに本拠を置いた、ドイツ音楽の王道を歩み続ける伝統のオーケストラ エリアフ・インバル指揮 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団

第2次大戦後、間もなく旧東ベルリンに設立され、名匠クルト・ザンデルリンクの薫陶を受けて大きく発展を遂げた名オーケストラ。ベルリンの壁崩壊直後に、バーンスタインが“第九”を振って伝説を作ったコンツェルトハウスを本拠として、首都の音楽カルチャーをリードする活動を続けている。定評のあるインバルのマーラー、上原の“皇帝”が音楽祭の開幕を飾る。
指揮
エリアフ・インバル
ピアノ
上原彩子
プログラム
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 「皇帝」 op.73 
マーラー:交響曲 第1番 ニ長調 「巨人」
公演日
2017年3月20日(月・祝) 【開場】12:45 【開演】13:30
会場
愛知県芸術劇場コンサートホール
アクセス方法はこちら
料金
S\15,000 A\13,000 B\11,000 C\9,000 D\7,000
U25\3,000(アイ・チケット(電話)のみ取扱い。25歳以下で、来場時に年齢確認あり)
(Pコード:310-343 / Lコード:45647)
  • アイ・チケット
  • e+(イープラス)

指揮者 エリアフ・インバルさんへインタビュー

フランクフルト放送交響楽団(現hr交響楽団)やベルリン交響楽団(現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)と幾度も来日、日本では東京都交響楽団と2度にわたりマーラー・ツィクルスを行うなど、我々にも親しい存在のマエストロ、エリアフ・インバル。ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団を率いての来日ツアーを前に、プログラムの曲目やオーケストラへの思いを伺った。

《マーラーとの出会い》
エリアフ・インバルといえば、マーラーのスペシャリストとして名高い。マエストロのマーラーとの出会いはどんなものだったのだろうか。
 「ここではラジオ放送などを聴いた思い出は除外して、ライヴの体験をお話しします。最初に出会ったのは《さすらう若人の歌》。私は15歳からイスラエルのオーケストラでヴァイオリンを弾いていましたが、その時に演奏しました。
それから、様々な指揮者でマーラーの交響曲を聴きました。最初はラファエル・クーベリック(1914〜96)で第1番《巨人》。次に、ゲオルク・ジンガー(1908〜80)で交響曲第5番。ジンガーはユダヤ系チェコ人ですが、素晴らしい指揮者でした。そしてレナード・バーンスタイン(1918〜90)で第2番《復活》と第4番。私が若いころはその程度で、第6番以降の交響曲はなかなか聴く機会がありませんでした。
 その後、パリへ留学。23歳の時にベルナルト・ハイティンク(1929〜)で第4番を聴きましたが、当時のフランスではマーラーはあまり理解されておらず、拍手が少なかったのを憶えています。ヴェニスでもジョン・バルビローリ(1899〜1970)の指揮で同じく第4番を聴きましたが、演奏後、指揮者がソデへ引きあげたらその場で拍手が止まり、カーテンコールが全くないまま演奏会が終わってしまいました。やはりこの頃(1950年代)、聴衆にとってマーラーは難しかったのですね。
 マーラーの普及が進んだのは1960年代。アメリカではモーリス・アブラヴァネル(1903〜93)が交響曲全曲を演奏、もちろんバーンスタインの功績も大きかった。ヨーロッパではゲオルク・ショルティ(1912〜97)、クーベリック、ハイティンクらが交響曲の全曲演奏を行いました」
 交響曲第1番《巨人》を聴いた時は衝撃的だったという。
 「それまでにベートーヴェンやブラームスを知っていましたし、特にブラームスの交響曲第4番第2楽章を聴いた時は、自分がいつか死ぬ時、この楽章を指揮しながら空の中に消えていきたい、と思ったくらい感動しました。しかし、マーラーに出会って、“これは私の音楽だ"“マーラーは自分のために作曲してくれたのだ"という気持ちになったのです。そんな体験は初めてでした。ですから、本当にマーラーは“私の作曲家"だと言えます」

《マーラーの交響曲第1番「巨人」》
「エモーションが本当に豊かな作品です。自然界の音、マーラーの若き日の体験などが、遠くから聴こえるファンファーレなど斬新なオーケストレーションで描かれている。第1楽章のテーマは自然と愛。第2楽章スケルツォは劇的で、第3楽章は民謡〈フレール・ジャック〉を用いた葬送行進曲。悲劇的な曲想に、中間部では突如として俗っぽいメロディが接続される。このような曲は、かつて音楽史には存在しませんでした。第4楽章はカタストロフに始まり、やがて祝祭的なフィナーレとなります。このフィナーレは人生の全て、あるいは人生が終わった後の世界まで表しています。マーラーは“私の交響曲には全宇宙が現れている"と語りましたが、第1番の交響曲で既に“世界の全て"が表現されているのは驚くべきことです」
 ちなみに、インバルは〈花の章〉(《巨人》第1稿の第2楽章で、初演の7年後にマーラーがカットした)には関心がない様子。マエストロはブルックナーの第1稿の魅力を世界に知らしめたことでも有名だが、マーラーの初期稿に興味はないのだろうか。
 「マーラーとブルックナー、2人には大きな違いがあります。マーラーは自身が優れた指揮者でしたから、交響曲を自ら演奏する中で、より良いものへスコアを手直ししていった。ですから、彼の場合は最終的なヴァージョンが最も良いものなのです。〈花の章〉は、マーラー自身がカットしたわけですから、その決定を正しいと判断して、交響曲第1番の演奏には不要だと考えています。
 対してブルックナーは、もともと革命的なアイデアがあって、それをスコアに書いたものの、当時の人々には理解されなかった。演奏も難しかったので、彼の改訂稿は妥協を強いられた面がありました。第3番、第4番、第8番など、改訂稿にも良いところはありますが、やはりブルックナーの場合、第1稿こそ彼が一番書きたかったことだろうと。ですから私は、どれほど演奏が困難でも、ブルックナーが望んだ音を実現したいと思いますので、第1稿を採り上げるのです」

《ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団について》
ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団は、かつては東ドイツのベルリン交響楽団として知られ、ドイツ再統一(1990年)の後、2006年に現在の団名に改称。インバルは改称直前の2001〜06年に首席指揮者を務め、2001年と2005年に来日ツアーも行った。
 「とても意欲的なオーケストラです。ただ、もともとは東ドイツの団体でしたから、西ドイツのオーケストラとは全く違う演奏法を残していました。落ち着いた音色のまろやかなサウンドで、ちょっとチェコ・フィルと似た感じでしたね。そういう独特な音色を保ったまま、さらに機能性と柔軟性、ブリリアントな輝きを加えるべく、リハーサルを通じて努力しました。すると、私がシェフに就任して1ヵ月ほどで、オーケストラのトーンが変わったという評価をいただきました。
 私はどんなオーケストラを前にしても、より良くするための可能性を見出すことができます。もっと美しく、もっと素晴らしくなるように。同じことの繰り返しはしません。決してルーティンではなく、常に新しく音楽を創造していく。それが私が指揮者であることの存在理由です」

(取材・文/友部衆樹)
(通訳/松田暁子)

その他の公演

ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団
指揮:エリアフ・インバル
ピアノ:上原彩子
詳細はこちら