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中日クラウンズ思い出④

2大会まとめて 2004年の45回大会 2006年の47回大会を振り返ります

両大会とも、2000年代 間違いなく日本ツアー 実力NO1の片山晋呉選手が優勝をかざります。

45回大会が -16  47回大会が -18 というビックスコア 好成績での優勝

ともに、大会記録 1995年 34回大会 尾崎将司選手の-20 にせまる記録でしたが、、、、

 


2大会とも同じような展開となります。片山選手は2000年、シーズン残り4試合で3試合で優勝する離れ業で初の賞金王に輝き一躍スターダムに、、カウボーのごとくテンガロンハットをかぶり、7番や9番のシュートウッドを巧みに操り、練習場にユニークな道具を持ち込んだり、体の維持に人一倍気をつかい、「自分は誰よりも、ゴルフに情熱を燃やしている」と自信にあふれていました。

 シンゴの語呂合わせで自分のラッキーナンバー45(バックやボールにも45の文字)「45回大会はシンゴ(45)僕が勝つと」自己暗示をかけ優勝宣言、和合は好きなコース、自分に合っている、マネージメント、技術のある選手が勝つコース「ゴルフは球を飛ばすスポーツじゃなく、球を正確に運び置く競技と」表現しているだけに、難コース和合、クラウンズ制覇はマスト。そして前向きな気持ちと技術がマッチして2004年は、3日目を終わり、-18 54ホール終了時でのツアーの新記録をマークして、2位以下に7打差をつけ独走態勢、格闘家、小川直也選手のハッスルポーズを連発。ところが、最終日の朝、「勝つ」が「勝たなくてはいけない」気持ちになり攻撃的な姿勢が影をひそめると。後半はアップアップの3ボギーいつのまにか、2打差で最終ホールのティーショトをむかえOBを打つと首位も危うい状況に、ティーショトは「足が震えのどがカラカラ」の心理状態まで追い詰められながら、なんとかパーセーブ「勝つには勝ったが自分の弱さも知った」と、今までにない苦い、通算15勝目となったのでした。

そして、2006年47回大会も似た状況が訪れます。、3日目終わり、またしても-18で2位に5打差、最終日は、クラウンズカラーの水色のウエアで登場すると、1番と2番でバーディ、2位以下と10打差近い差がつきむしろ「どうやってプレーしていいかわからない」心理状態になりリズムを崩し、終わってみればまたしても、2位と2打差ので2度目の王冠を手にしますが、表彰式ではさえない表情で「課題が残った」と反省、絶対的な強さの賞金王、片山選手をしても、ゴルフは最後までわからない、和合のクラウンズは、魔物が住んでいる。守りに入りると守らせてくれない、そんな教訓を与える試合でした。

片山晋呉選手は2008年までに25勝して、永久シードを獲得し31勝、47歳の今でも納得してた形で3回目の王冠を獲得したいと思っているはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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