ボクシング世界最速三階級王者
田中恒成 戦いの軌跡
2016年12月31日 WBO世界L・フライ級決定戦 vsモイセス・フエンテス
田中、期待以上のフエンテス圧殺
5回1分52秒。四方八方から田中のパンチを浴び続けるフエンテスが力なく崩れ落ちたところで、カイズJr主審が試合をストップ。
それを見届けた勝者は両手をあげてリングを回り、笑顔をのぞかせた。もっと喜びを爆発させてもいいはずだが、テレビのインタビューで田中は「フエンテスに勝ててうれしいです。でも終わってみればここも通過点」と語った。――ではどこを目ざすのか? そう問われると「分かりませんね。迷宮入りです」と笑わせた。無限の可能性があるから分からない、と聞こえるような、この日の田中の出来栄えだった。
フエンテスは田中同様ミニマム級の元チャンピオン。L・フライ級の暫定王座も獲ったものの統一戦でドニー・ニエテスにKO負けして失っている。それでもメキシコを発つ際には「プロで28戦のキャリアがあるし、こちらに少し分があるだろう」と、2階級制覇の先輩としてプライドをのぞかせていた。
だが、そんなフエンテスの自信を8戦目の田中が粉々に打ち砕いた。
郷里岐阜に開始ゴングが鳴って3分とせず、田中のスピードがフエンテスのそれをはるかにしのぐことがハッキリした。軽くジャブを突きながらステップを切り、フエンテスの打ち返しをさばく。身長、リーチともに優位のフエンテスを早くも右ストレートでのけぞらせた。
2回に入ってフエンテスは予想通りプレッシャーを増して出てきた。田中を調子づかせる前に叩いておこうというのだ。初回よりも明らかに強く、速いパンチで田中に迫る。しかしそこに田中は難なく左フックをカウンター。サイドに回ってワンツー・スリーで攻め込む。
「1ラウンドでスピードが全然違うとびっくりした」と畑中清詞会長は驚きを隠さなかったが、それですらまだ序の口だったのである。
目の色を変えたフエンテスは3回なおも田中を押さえ込もうとプレス。カウンターを狙おうにも簡単には狙えないスピード差があるゆえ、ラウンド序盤から先手先手で行くしかないのだろう。田中は冷静に回り込んで逆にロープを背負わせワンツー、一度バックステップして即座にワンツー。
フエンテスが鼻から出血。そして田中の右アッパー、右ストレートを食らって後退する。やみくもに振ったようにも思える右はやはりスッと田中に外されてしまう。こうなると試合は一方的な田中ペースだ。
ここまでとは……。仮に、観る者にフエンテスが単なるロートルと映ったとしたら、田中との差が大きすぎたせいである。
フエンテスはバランスを崩すことも増えてきた。打ってはミスブローさせられるばかり。もはや、いかに田中がしとめるかに試合の焦点は絞られた。
田中は戦いながら、こう考えていたという。
「パンチをかなり当てて、それでも倒れなかったから、もらいすぎて嫌になるように相手の心を折りに行きました。フエンテスが自分から倒れるように仕向けました」
フィニッシュ・ラウンドの5回は、田中がボディー打ちも交えつつ連打。一度沈みかけたフエンテスは最後の抵抗を試みたが、左フック、アッパーのダブルで消沈した。
「できすぎですけど、1年前に言ったように、ギリギリ(のタイミング)ですけど、2階級制覇できました」
2本目のWBOベルトを手にしたヒーローがファンに報告した。昨年の大みそか戦で「2016年中の2階級制覇」を公約していたのだ。有言実行の田中には次の約束も期待したいところだ。こう述べた。
「L・フライ級でどんなことをやるか、結果を残すことしか考えていません。日本人3王者が並ぶのはそうあることではないし、チャンスがある以上戦ってみたいと思うのは当然。チャレンジャーの俺としては、ぜひやりたい」
今回の試合は、中継のCBCテレビが海外マニアも対象にして無料ネット配信をしたが、田中は十分なインパクトを与えたのではないか。国内にしても、内容結果ともにファン、関係者のほとんどが手放しで歓迎しているに違いない。
もっとも、田中本人は満足はしていない。田中の被弾は数えるほどだったが、「ディフェンスは正直よかったとは思わない。まっすぐ下がったりしたし。強さを見せながら守ることが重要ですね」。抜群のスピードにしても、もっとパンチやテンポに強弱をつけたかったと高い理想を掲げているから楽しみである。
「まだまだ面白い試合をして楽しませます」
と宣言した。“中部の怪物”で売り出した田中はどれほどビッグな怪物に育つのか。将来、このフエンテス戦は田中が覚醒した一戦として記憶されるのかもしれない。
(提供:BOXING BEAT)