ボクシング世界最速三階級王者
田中恒成 戦いの軌跡
ドラマのある試合は必ずいい試合になる!『田中恒成×田口良一』因縁の一戦は平成最後の名勝負!
昨年9月24日。“雑草”の如く、しぶとくたくましく、タイトルを勝ち抜いてきた木村翔(青木)と、男と男の壮絶な大激戦を展開。WBO世界フライ級タイトルを奪取し、世界最速タイ記録となる12戦目での世界3階級制覇を達成した田中恒成(畑中)が、またしても“壮絶な戦い”を予感させる相手を迎える──。
木村との死闘は、WBOの年間最高試合にも選出され、さらに国内の2018年最高試合にも選ばれた。最優秀選手はあの井上尚弥(大 橋)が受賞したものの、田中は最優秀に次ぐ評価の技能賞も獲得。いまや、井上尚弥と並ぶ“日本ボクシング界の顔”となった。
それでも田中は、決して守りに入らない。初防衛戦は自由に相手を選べる立場だったが、敢えて指名したのが元WBA&IBF世界 ライトフライ級王者の田口良一(ワタナベ)だったのだ。
常に穏やかな表情をたたえる田口だが、いざリングに上がると豹変。猛烈な打撃戦を得意とし、そして打ち勝つ。WBA王座は7度 防衛を果たし、IBF王者ミラン・メリンド(フィリピン)との王座統一戦にも勝った、正真正銘の名チャンピオンである。
しかし、田中にとって、田口は“決して避けてはいけない”相手だった。話はグンと遡る。
2013年8月。すでにプロ入りを決めていた高校3年生だった田中少年は、岐阜から電車を乗り継いで、神奈川県のスカイアリーナ座間にやってきた。兄・亮明のアマチュア時代からのライバルであり、かつ兄がどうしても越えられなかった巨大な壁。そして「もっとも尊敬する存在」──井上尚弥が、わずか4戦目で日本タイトルマッチに臨むのだから。
しかし、そのとてつもない存在に真っ向から勝負を挑み、決して退くことなく10ラウンドにわたって打撃戦を挑んだ男に心を奪われた。それが田口だった。判定で王座を奪われた田口だが、「勇敢で心が強い」その男は、目標の存在になったのだ。
ときは流れ、国内最速5戦目で世界王座を獲得。8戦目での2階級制覇は井上尚弥と並ぶ国内最速タイ記録。そうして、田口と肩を並べる世界ライトフライ級王者の位置までやって来た。
WBA王者・田口vs.WBO王者・田中。ライトフライ級の王座統一戦は2017年末に行われる、はずだった。が9月、すんなり勝って田口戦へ──の目論見が崩れ去った。田中は2度目の防衛戦でパランポン・CPフレッシュマート(タイ)を迎えたが、初回にダウンを奪われた上に、両目眼窩底骨折。9回に逆転TKO勝利を果たしたが、3ヵ月後に田口戦を行える状況ではなかった。
田中恒成を失った田口は、IBF王者メリンドとの統一戦に切り替え、見事、統一チャンピオンに輝いたのだった。
田中は路線を変更し、階級をまたひとつ上げ、冒頭のとおり、木村戦を乗り越えた。田口は、国内史上初の統一王座防衛戦に臨み、まさかの判定負けで陥落。
引退か、フライ級転向か。田口はこの二者択一のところで迷っていた。だがそこで、1度は消えた“幻の対戦”が浮上してきた。田口はこの話に飛びついた。今度は田口が、木村との壮絶なバトルを制した田中に心を奪われていたのだ。
こうして3月16日、とうとうふたりが雌雄を決するときが迫ったのである。
木村戦で得た、気持ちの大切さと、その試合で完全には披露しきれなかった技術的レベルアップの姿。大きな自信を得たと同時に、「1年に3試合は戦いたい。そのためには、打たせてはダメ」と反省点を交えての目標を掲げる。そして今度の田口戦は、「打たせず打って、でも熱い試合を見せたい」と、ハイレベルな姿を披露した上での勝利を目指している。
これまでの12戦、田中恒成の姿がライブで全国に届けられたのは、くだんのパランポン戦のみ。しかも、あの試合は前述のとおりの内容で、セミファイナル。自身がメインイベンターとなっての全国生中継は、今度の田口戦が初めてとなる。燃えないはずがない。前回、全国に晒してしまった屈辱を晴らす絶好の機会。「壮絶な試合になること間違いなし」だった木村戦すら全国中継されなかった悔しさも、今度の試合に懸ける想いを増幅させていることだろう。
一方の田口。テストマッチなしでフライ級に転級し、しかもいきなりの田中戦。けれども、下手にノンタイトル戦を挟んでしまうよりも、一気に集中力を注ぐことができる。これまでも田口は、無冠戦などで、別人のような不出来を見せることもあったから。
現役続行を決めたと同時に、トレーナーを元日本フェザー級チャンピオンの梅津宏治氏に変えた。長年組んできたトレーナーとのコンビ解消は、傍から見れば不安要素。だが、田口は“原点回帰”を求める。梅津トレーナーも、田口が最初に教わり、敬愛してやまない洪東植(ホン・ドンシク)トレーナー(現・角海老宝石ジムトレーナー)の教え子なのだ。
尊敬し、背中を追いかける井上尚弥。その“モンスター”にも倒されなかった男を倒す。そうすれば、世間の注目も、また一段と田中恒成の姿に集まるだろう。
そして田口。「井上君、そして今度は田中君。ふたりの“天才”と戦えるなんて、こんなボクサー冥利に尽きることはありません」
田中恒成と田口良一。ふたりはきっと、戦うべくして戦うのだ。
そして、両者をつなげる井上尚弥という巨大な存在──。
様々な人間模様が絡み合う、まさに『THE FATE』。
“運命”のゴングは、もうまもなく打ち鳴らされる。