ボクシング世界最速三階級王者
田中恒成 戦いの軌跡
えっ…!?人前で体重計るの?それがボクサーの宿命! 計量にまつわる因縁とドラマ、極限に挑む男たち!
2018年は、日本ボクシング界で起きた“事件”が、国内中を騒然とさせた。
3月、“因縁の再戦”となったWBC世界バンタム級タイトルマッチで、チャンピオンのルイス・ネリ(メキシコ)が前日に行われた計量で、リミットの118ポンド(53.5kg)を5ポンド(2.3kg)オーバー。2時間の猶予が与えられる再計量時間内で、わずか1kgしか落とさずに失格。その時点で王座は剥奪となったが、試合は挙行。ネリが山中に2回TKO勝ちした(王座は空位のまま)。
そして翌4月。クリストファー・ロサレス(ニカラグア)を相手に3度目の防衛戦に臨むはずだったWBC世界フライ級チャンピオン比嘉大吾(白井・具志堅スポーツ)だったが、やはり前日の計量で900gオーバー。2時間以内にリミットの112ポンド(50.8kg)まで落とそうと踏ん張ったが、脱水症状が激しく、これ以上の減量は危険と判断した陣営が、30分前に棄権した。王座を剥奪された比嘉は、翌日、精彩を欠いた状態でリングに上がり、9回TKO負けを喫している。
日本で行われた世界タイトルマッチで、立て続けに起きた「計量失格→王座剥奪」という事件は、不本意ながら、ボクシング界以外にも話題を広めたが、国内で行われる予定だった日本タイトルマッチや、ノンタイトル戦でも「計量失格」は昨今頻発しているのだ。
ボクシングは、体重制のスポーツである。同じ体重の者同士が戦う、これこそが基本中の基本であるが、ではなぜ、その「最低限のルール」が破られてしまうのか。
かつてのように、普段から節制して体重を守るというやり方ではなく、しっかりと食べて、ウェイトトレーニング等を積んで体を大きくし、試合直前になって一気に体重を落とす、という方法が多くのボクサーに採用されているからだ。体内の水分を一時的に抜いてしまう、いわゆる「水抜き」というやり方がそれだ。そして、その方法を誤ってしまい、「水抜き失敗」を起こし、体重が落ちない、脱水症状を引き起こして救急搬送……などという最悪の結果に陥ってしまうのだ。
ボクサーにとって大切な『計量』という儀式
では、なぜボクサーたちは体を大きくしようとするのか。計量時に同一体重だったとしても、当然、筋肉量が多いほうがフィジカル的に優位となり、選手たちは体のフレームを生かすために、敢えて階級を落としていこうとする傾向にある。だが、それが過度な減量を生んでしまうのだ。
田中恒成も、ミニマム級、ライトフライ級時に「減量」に苦しんだひとり。また、ライトフライ級のときの“モンスター”井上尚弥もそうだった。ふたりに話を聞くと、「試合の数日前から、家では寝たきり状態」で、歩くことすらままならなかったという。ふたりはそれでも、しっかりとリミット以内に落とすという「プロとして当然のこと」をしたが、後から話を聞けば、リングに上がれただけでもすごい話。しかも、そんな状態だったにもかかわらず、しっかりと勝ち続けてきたのだから……。
減量に苦しむ選手の話を聞けば、「計量数日前から絶食」「相手のことなど考えられない。体重を落とすためだけの練習」などと、壮絶な体験談ばかり。では、なぜそんなに苦しんでまで階級を落とすのか訊ねると、「上のクラスだと、相手のパンチや体のパワーが違うから」という。
だが、技術や考え方も進歩した現代、発想を変える選手や関係者もちらほら。井上も田中も無理な減量をしてひとつの階級にこだわらず、クラスをアップさせた。しっかりと食べて体をつくり、「減量」ではなく、「体重調整」をする。そして、相手の研究にもしっかりと取り組み、ベストコンディションで試合に臨む。
そう、無理な減量の最大のマイナスは、「自分のベストパフォーマンスを見せられない」ということにある。試合で動けない、打たれ脆くなる、ケガをしやすくなる。前日の計量から急激に体重を戻すと、体が動かなくなるだけでなく、皮膚は腫れぼったくなり、打たれて切れやすく腫れやすくなる。さらには、元々脳内にあった水分が元に戻らず、被弾した際の脳に与えられる衝撃が大きい……など、医学的見地からも恐ろしい意見が上げられている。
それに、相手のパワーを恐れてクラスを下げたはいいが、それとともに自らのパワーを落としてしまうのでは本末転倒も甚だしいだろう。
計量オーバー、失格となる以前に、「ナチュラルウェイト」「適正体重」を知り、そこで戦うということこそが大事。「ボクサー=減量」というイメージを払拭していく時期に来ていると考える。
9月24日、今年の日本ボクシング界で最高の対決となるであろうWBOフライ級タイトルマッチ・木村翔×田中恒成。
この試合の前日に計量が行われる。
ボクサーにとって大切な『計量』という儀式。
ボクシングファンだけではなく様々な目に見られることにより「恥ずかしい思いはできない」プレッシャーもかかるだろう。大一番に臨む直前のヒリヒリするような緊張感は、試合への期待感もかきたてる。ベストコンディションで2人が計量に現れることが、楽しみだ。