ボクシング世界最速三階級王者
田中恒成 戦いの軌跡
『3』を巡るメンタル勝負!‘超’エリートと‘超’雑草の頂上決戦は日本人対決! WBO世界フライ級タイトルマッチは見どころしかない!
2011、12年国体、12年インターハイ、13年選抜ライトフライ級優勝。中京高校時代、全国大会4冠を果たしている田中恒成(畑中)は、2013年11月のプロデビュー戦で、いきなり世界ランカーを破ると、まるで昇竜のごとく、超速のスピードで一気に世界チャンピオンへと駆け上がっていった。
国内史上最速の5戦目でWBO世界ミニマム級王座を獲得(2015年5月)。あの“モンスター”井上尚弥(大橋)と並ぶ、国内最速タイ記録となる8戦目での2階級制覇(2016年12月、WBO世界ライトフライ級)。
そして迎えるのが今回だ。12戦目での世界3階級制覇を達成すれば、井上尚弥の持つ16戦目の国内記録を大幅に塗り替えるどころか、“現代最強のボクサー”との呼び声高い、北京(フェザー級)&ロンドン(ライト級)五輪金メダリストで、現WBA世界ライト級スーパーチャンピオン、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)と並ぶ世界最速記録と並ぶのである。
目にも止まらない高速連打。流れるようにするりするりと相手の前後左右に動き回る華麗なステップワーク。一見すれば、“天賦の才”は明らかだ。
そんな田中恒成が記録ずくめの“エリート”ならば、チャンピオン木村翔はプロ叩き上げの“雑草”である。
中学生時代に地元・埼玉県熊谷のジムに入門するが、アマで活躍するどころか試合経験すらなし。ジムを離れる時期も決して少なくはなかった。さらに、田中と同じ2013年の4月にプロデビュー戦を迎えたものの、なんと初回KO負けを喫してしまう。その後は引き分けを挟み連勝していくが、新人王戦、日本、OPBF(東洋太平洋)タイトルなど、肩書きとは縁遠い、陽のあたらない道を地道に歩んでいた。
日本ランキングに初めて名を連ねたのは2016年4月度が初めてだ。そして同年8月にJBC(日本ボクシングコミッション)が正式に承認したばかりのWBOアジアパシフィック王座、これが流れを変える。11月、同フライ級王座決定戦を坂本真宏(六島)と争い、12回判定勝ち。ここで初めてベルトを巻くと、翌年、大勝負に挑む。上記のロマチェンコと同様、北京&ロンドン五輪金メダリスト(ライトフライ級)で中国のスーパースター、ゾウ・シミンの持つWBO世界フライ級王座へ、敵地・中国でのアタックだ。
フットワークと距離の魔術師ゾウに、翻弄されながらも木村は前進を決してやめなかった。そしてゾウのボディを何度も何度も攻め続け、ついに11ラウンド、ロープを背負わせて右一閃。中国史上最大のスターを観念させたのだった。
“雑草”、“エリート・ハンター”と呼ばれるゆえん
安アパート住まいに酒屋でのアルバイトを続けて生計を立てる。そんな生活スタイルの持ち主が、巨万の富を得たゾウを打ち破る。中国ではスターを喪失した落胆よりも、木村を讃える声が日に日に増幅し、彼は卓球の福原愛並の人気と名声を手に入れたのである。
木村はその後、アテネ五輪日本代表で元WBC世界フライ級王者・五十嵐俊幸(帝拳)を9回TKO、さらに“ボクシング一家”として有名なフローイラン・サルダール(フィリピン)を6回KO。2度の防衛に成功した。
洗練されたボクシングとはお世辞にも言い難いが、泥臭く相手を追い詰めて仕留めるスタイルで、輝かしいキャリアを持つ相手を潰す──“雑草”、“エリート・ハンター”と呼ばれるゆえんだ。
“モンスター”井上尚弥の後を追うように、アマチュア界からプロに飛び込み、最速記録を争ってきた天才、田中恒成。そしてその目の前に立ちはだかる木村翔。ボクシングスタイルのみならず、ここまでの道程もまるで正反対。そんな対照的な両雄が9・24、人生をクロスさせる。
「僕は前に出続けるしかない」と、これまで同様、前進に次ぐ前進で田中に迫ろうという木村。
「木村選手を完全に捌ききることはできない」と打ち合い覚悟の田中。スピードとテクニックでは断然田中が上回るが、スタミナとフィジカルの強さでは木村に分がある。おそらく、体を密着させた、連打の攻防が何度か繰り広げられるはず。ここでボディブローを突き刺し、相手の心を削っていくのはどちらか。
これまでの世界戦経験で、木村は3試合とも前進を止めることがなかった。つまり、すべて自分のペースで戦ってきたということになる。対して田中は、スタミナを失ったり、ダウンを経験したりと山あり谷ありの5戦。だが、そこを耐えしのぎ、盛り返し、最終的に勝利にこぎ着けるという逞しさを発揮してきた。いわゆる“エリート”の脆さは皆無といってよい。
互いに「メンタルの勝負」と口をそろえる両者だが、接戦、混戦を抜け出すのは果たしていずれか。木村が3度目の防衛を果たすのか。それとも、田中が3階級制覇を達成するのか。“3の戦い”を制するのは──。