画像:足成
人気ドラマ『刑事コロンボ』に1972年に制作された「ロンドンの傘」という一篇がある。
イギリスの舞台俳優夫婦が殺人を犯してしまい、ロサンゼルスからロンドンに出張中のコロンボが事件を解決する。
まだドラマを観ていらっしゃらない多くの方に楽しんでいただきたいので内容については触れないが、事件の解決には傘が大きな役割を果たす。
シリーズの中では「二枚のドガの絵」「権力の墓穴」などと並んで大好きな作品だけに、いつかロンドンで傘を買いたいと漠然と思っていた。
そんな機会がやって来た。
ロンドンに行った際に、友人から紹介されて1軒の傘屋を訪れた。大英博物館の近くだった。
「自分の背丈に合わせた傘を作ってくれる」と教えられた通り、店では素材を選ぶことから始まった。
メープル(楓)を選択した。店の主人は1本のメープルを私に持たせ、先端を床面に着かせて長さをチェック、切断しながら調整していく。サイズが決まったら次は骨組みだ。
布の柄も自分の好みで選ぶことができ、20分もたたない内に、世界に一つだけの"私の傘"ができ上がった。20年以上前のことだ。
ところが・・・せっかく夢がかなったというのに、これは自分の性格によるものなのだが、
何だかもったいなくて使うことができない。
どこかに置き忘れてきたらどうしよう?間違えられて無くなったらどうしよう?などと余計な心配をしてしまう。
ずっと下駄箱の棚に仕舞っていたが、傘は使ってこその傘、と一念発起して使い始めた。しかし、ある日、突然の雨に見舞われてコンビニエンスストアでワンタッチ機能付きのビニール傘を600円で買った。
使い始めたら軽い上に丈夫で、ついつい継続して使ってしまい、ロンドンの傘は、再び傘立てに入れたままになってしまった。
かなり長い前説をお許しいただき、これより本題である。
最近ますます、ビニール傘を使う人が増えていることに気がついた。
バス停で見かける年配のサラリーマンの手にも、職場や居酒屋の傘立てにも、ビニール傘が目立つようになった。
周囲に尋ねてみると「気楽に使えるから良い」「店に飲みに行っていても忘れてはいけないという心配が不要」という答が大勢を占めた。
ウェザーニューズが2017年5月から6月にかけて実施した「傘調査2017」で興味深い数値を見つけた。
「持っている傘のうち、ビニール傘は何本?」という問いに、1本が26%、2本が20%。やはり持っている。全国の平均はビニール傘1.6本だったが、都道府県別では東京都の1.9本が1位。ウェザーニューズでは「大都市にはコンビニエンスストアなど購入できる場所が多いのでは」と分析している。
また傘全般について「今持っている傘は平均いくら?」という問いには、0~500円が18%、600~1000円が33%。1000円以下で合わせて調査回答者の51%なのだから、値段から察するに、やはりビニール傘の需要が増えていることがうかがえる。
同時にビニール傘の機能は格段にアップしている。
もともとは1人用の小さなサイズだけだったと記憶するが、今では、50cm、60cm、63cm、65cm、そして70cmとサイズも増え、それぞれに透明と乳白色の2種類がある。
最近ではワンタッチ機能が付いたものが多い。それでいて値段は安い。手軽に差すことができる。そしてコンビニや薬局などで簡単に買うことができる。
ここまできちんとした傘になってくると、"使い捨て社会"などという言葉は似合わず、ビニール傘も十分に「市民権」を持ってきている。
実際、デザインや形も凝ったビニール傘が増えてきている。
傘は魅力ある生活必需品だ。
どこか憂鬱な雨の日の外出、それを少しでも明るく演出するために、お気に入りの傘を持つのはやはり楽しい。
そこに、ビニール傘が決して"臨時の代替品"ではない存在として加わってきた・・・そんな時代なのだろう。
ロンドンの傘の代わりに使っていたビニール傘を、通勤途中のバス車内に置き忘れてしまった。
交通局の「忘れ物取扱所」を訪れ、待つこと30分。
「気楽に使えるから良い」のではなかったのか?
「忘れてはいけないという心配が不要」ではなかったのか?
だから「ロンドンの傘」を使わなかったのではなかったのか?
わざわざ時間を割いてこの場に来ている我が身に自問自答していたが、結局ビニール傘は帰ってこなかった・・・。
あなたはどんな傘を使っていますか?
【東西南北論説風(22) by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】