画像:足成
先日、山下達郎さんのコンサートに出かけた。
会場は満席。
64歳を迎えたと自己紹介した達郎さんだが、そのパフォーマンスは素晴らしく、良質で上質の音楽を堪能した3時間半だった。
ライブで毎回必ず歌われる『クリスマスイブ』を会場で聴きながら、私はもう30年以上も前のこととなった"ある出来事"を思い出していた。
時代はまだ昭和だった。
今はなき愛知県勤労会館でのコンサートのことだ。山下達郎さんは名古屋公演で使っていたこのホールをとても気に入り、自らのアルバムのジャケットにもここでの舞台セット写真を使用したほどだった。
この時に大ヒットしていたのが『クリスマスイブ』である。
もともとは1983年(昭和58年)発売のアルバム『MELODIES』の収録曲だったが、国鉄から民営化してまもないJR東海が東海道新幹線のCM「クリスマス・エクスプレス」で歌を使用したことから人気が大爆発したのだった。
会場全体が、この『クリスマスイブ』をいつ歌うかと楽しみに待っていた。
そして達郎さんの曲紹介・・・
「この歌は少し前にアルバムに入れていたのですが、この度、JR東日本のコマーシャルソングに使われたことによって、一気に火がつきました。『クリスマスイブ』聴いて下さい」。
拍手。前奏。歌唱。
JR東日本? 私は違和感の中にあった。
「JR東日本」ではない。「JR東海」のCMなのだ。
当時の私は鉄道や航空など交通関係の取材を受け持ち、JR東海の取材担当でもあった。
さらにコンサートの語りの中で、その全国ツアーはちょうど名古屋が期間の折り返し点だということも披露されていた。
その勘違いのまま『クリスマスイブ』が紹介されて歌われていっては、あまりにJR東海が可哀想ではないか・・・。
翌日、JR東海の本社広報を訪れた私は、この一幕について告げた。
広報担当者は驚き、すぐに達郎さんの事務所に「誤解なきように」と訂正連絡していた。
鳴り物入りのキャンペーン。
楽曲にも費用がかかっている。にもかかわらず、同じJRグループとはいえライバルである「JR東日本」のPRをされてはたまらないという「JR東海」の本音・・・。
「よく教えてくれた」と感謝された私が広報室を出ると、一人の新聞記者が私を待っていた。一連の話をたまたま立ち聞きしていたという。
「テレビのニュースにはなりにくいネタでしょう?新聞で書かせてくれないかなあ」
数日後、このエピソードはユーモアあふれる記事として、新聞の社会面を飾ったのだった。
かつてコマーシャルソングは歌謡界で一世を風靡した。
特に『クリスマスイブ』の以前、1970年から80年代は、『君のひとみは10000ボルト』『Mr.サマータイム』『不思議なピーチパイ』など大手化粧品会社のものや、JRの前身である国鉄の『いい日旅立ち』など歌謡史に残る名曲が目白押しだった。
しかし21世紀に入った頃から次第に話題にならなくなり、最近では携帯電話会社の『海の声』くらいであろうか。テレビの歌番組も少なくなり、ネット購入によってCDも売れなくなった。
歌を取り巻く環境の激変が、コマーシャルソングにも投影されている。
名曲『クリスマスイブ』は30年連続オリコン週間シングルランキングでトップ100に入る偉業を成し遂げ、ギネス世界記録に認定された。
今回のライブでも達郎さんが曲紹介の際にそれを披露し大きな拍手を浴びた。やはり歌って素晴らしい!
【東西南北論説風(3) by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】