ある大学の就職担当者から聞いた驚くべき話である。
この春のことだ。無事に就職が決まり、卒業を直前に控えた学生が就職課にやって来て、社会に出る前に教えてほしいことがありますと言う。
どんなことかと問いかけると、その学生は次のように答えたそうだ・・・
「職場の電話にどのように出て、どのように上司に取り次げばいいですか?不安です。教えて下さい」
携帯電話の普及はめざましい。
総務省の平成28年版「情報通信白書」によると、その普及率は2015年で95.8%。この内スマホについては72.0%と言う。
今やほとんどの人が携帯電話を持ち、3人に2人以上がスマホを持っていることになる。
その一方で、固定電話は次第に数が減り始め、2006年には90.1%だった普及率が10年たった2015年は75.6%になった。
かつて電話と言えば固定電話であり、家庭に所有しているならば、それは家族が集まる居間か、あるいはその近くに置かれていた。
友人に電話をかけると多くの場合、親や祖父母が出て、友人本人に取り次いでもらった。
ガールフレンドに電話すると、父親が出てきて、いきなり緊張を強いられた思い出もある。逆に自分の家に友から電話がかかってくる場合もあり、この場合は家族が取り次いでくれた。
ついつい長電話していると、周りから「いつまで話しているんだ」という声が聞こえてきたこともある。
子を持つ身となって久しいが、「わが子の友人の声をあまり知らないな」と思ったことがあった。
私は友人の親の声をよく知っていたし、私の親も、私の友人の声を知っていた。しかし今は・・・。
実際、一人暮らしの学生や社会人も、携帯電話を持ち自宅に固定電話は引かないケースが多い。
それぞれが携帯電話という通信手段を"個"で持ち、"個"同士で連絡を取り合う時代になったのである。
そして、携帯電話の場合は、かけてきた相手の名前がディスプレイされるため、お互いに名乗らなくてもすぐに用件に入ることができる。
そして・・・冒頭の大学での話である。
社交場としての電話は今や姿を変えた。
職場の電話にかかってくる電話。
交換台を通すならともかく、直通電話の場合は、一体誰からかかってきたのかが電話に出るまでわからない。
まして、自分宛てなのか、職場の上司や先輩宛てなのかもわからない。
"個"にかかってくる電話には対応できるが、組織にかかってくる電話をどう受けとめていいのかがわからない。
今まさにこういう事態が起きているのである。
新入社員が、職場での"電話ノイローゼ"になったという話まで耳にした。
携帯電話は私たちの生活や仕事に信じられないほど多くの便利さをもたらした。
人と人とのコミュニケーションも大きく変貌した。
そんな中、"会話力"という大切なものが間違いなく姿を消しつつあるように思う。
大相撲7月場所で名古屋を訪れた旧知の親方ともそんな話になった。
その親方の東京の相撲部屋には今も公衆電話が置いてあるそうだ。
その電話は部屋の固定電話番号にもなっており、電話が鳴ると若い力士や修行中の若い呼び出しらが、部屋の名前と自分の名前を必ず名乗って取り次ぐルールだと言う。
心がホッとした会話だった。
【東西南北論説風(2)by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】