一五一会

名古屋のライバル局出身の平岡敏治氏(現ウェブ・ソーシャルメディアプランナー/ライター)が、CBCの制作番組を見て思ったことを自由に書き、約20年前の採用試験において彼を書類選考で落としたCBCに対して、ある種の御礼をするコラムである。

<コラム>テレビの五輪報道やメダル予想に見る、演出という名の「ドーピング」

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<コラム>テレビの五輪報道やメダル予想に見る、演出という名の「ドーピング」
【コラム:ナゴヤ東新町 一五一会】

村上佳菜子さんの舞が眩しい。

直視できないほど彼女が輝いていたのは、氷上の演舞ではなく、バラエティー番組での“エアあやや”。村上さんの地元・名古屋のCBCテレビが14日深夜に放送した『本能Z』での一幕である。

ご本人同士が互いにお顔がソックリと認め合う“本家”のはるな愛さんと踊り切ったコラボダンス。完成度が高過ぎで、これを元アスリートの方にやられると、他のタレントさんたちの立つ瀬が無い。

村上さんと言えば、日本を代表するフィギュアのプロスケーター。

現役選手時代、五輪では残念ながらメダルに手は届かなかったが、競技生活を終えた後もその輝きは増すばかり。見ている私たちまでつい釣られて微笑んでしまう屈託のない笑顔からは、一試合の結果よりもはるかに尊い、人としての魅力を感じざるを得ない。

主にお笑い芸人さんが出演する同番組に村上さんがキャスティングされたのは、もちろんお隣韓国で平昌五輪が開催中だからだろう。

当然の如く、番組でフィギュアスケート個人戦に出場する男女5人の実力やメダル獲得予想について聞かれた村上さん。元選手として慎重に言葉を選びながら次のように答えていた。

「男子なんかは特に金銀とか、いける可能性は必ずあります」

ところがテレビというのは恐ろしいもので、放送上“金銀”とおっしゃっていたコメント前段が目立つように大きく字幕スーパーされた一方、後段部分は素。注意して視聴していないと“金銀いける”とおっしゃったかのように感じられてしまう演出になっていた、

もちろん、このコメントで村上さんは単に、出場する全選手が必ず秘めている“可能性”について触れただけである。

五輪などスポーツの大きな大会のたび繰り返される“日本メダルラッシュへ”的期待感満載報道。私はこれに辟易している。実態と合っているならよいのだが、正直そうでないものも混ざっているからだ。

スポーツ評論家の方や元アスリートの方が期待を込めて、というかある種の空気を読んで行うリップサービス。

放送局はそこに客観性や公平・公正のフィルターをかける役割があるものの、むしろ思い切り乗っかったり、演出でさらに盛ってしまったりする。

“メダルに期待”と煽るだけ煽り、競技が残念な結果に終わったら“メダルに届かず”と最後だけ変え、判で押したように“4年後が楽しみ”で締めるのである。

私はそんな報道を目にするたび、スポーツをめぐるあのこととダブる。

ドーピング行為だ。

選手や時に関係者が本来の身体能力と向き合わず、薬によってそれを増強し、良い結果を目指す不正。今回の平昌五輪では、IOCが国主導での組織的不正があったとして『ロシア選手団』を除外する異例の事態となっている。

私が感じているのは、番組制作者が選手たちの実績や実力と向き合わず、演出という作為によって、過剰に結果への期待を煽る行為は“ドーピング演出”と言えるのではなかろうかということだ。

五輪のメダルが獲れるか獲れないかは、選手ご本人や、彼ら彼女たちを支えてきたご家族、コーチ、競技の協会関係者や選手強化を行う国などにとって重要なのは間違いない。

しかし、応援するだけという無責任な立場の私にとっては、メダルは試合の結果に過ぎず、獲れそうだから声援を送るとか、無理そうだから注目しないという類のものではない。その瞬間のために努力を重ねてきた皆さんの4年に1度の勝負の時を、ただ固唾をのんで見守り、全力を出せるよう念じるのみである。

そこに“ドーピング演出”は百害あって一利なしだ。

去年11月、長野五輪の日本人メダリストが、愛知県を走行中の電車内で、女性に自らの体液をかけた容疑で逮捕された。

これを“メダリストの転落”テイストで散々報じていた各社は、五輪でのメダル獲得当時、この元選手のことをがっつり持ち上げていたものである。

平岡敏治(ウェブ・ソーシャルメディアプランナー/ライター)(14日03:05)

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