一五一会

名古屋のライバル局出身の平岡敏治氏(現ウェブ・ソーシャルメディアプランナー/ライター)が、CBCの制作番組を見て思ったことを自由に書き、約20年前の採用試験において彼を書類選考で落としたCBCに対して、ある種の御礼をするコラムである。

<コラム>みちょぱ&れいぽよのヤンキーネタで笑い、中学の古傷がちょっと疼く

 共有する
  • Facebookで共有する
  • LINEで送る
<コラム>みちょぱ&れいぽよのヤンキーネタで笑い、中学の古傷がちょっと疼く
【コラム:ナゴヤ東新町 一五一会】

「“俺、今から捕まるわ。1年は出てこれないから”って言われて……」

モデルの池田美優さん=通称・みちょぱさんが話す、元カレについての鉄板ネタである。

1月10日(水)に名古屋のCBCテレビで放送された『本能Z』でも、“人生で一番泣いたこと”のエピソードとして、中3の頃の彼氏が警察に逮捕され、少年院送りとなってしまったこの話を事も無げに披露していた。

番組によれば、みちょぱさんの2017年のテレビ出演本数は160本。確かに、バラエティー番組を中心に去年から突然よく目にするようになった。

ギャルとして外見はしっかり飾っていても、内面は大して飾っているようには見えないその乖離や、大御所芸能人に対しても物おじせずにぶっこんでいく様の面白さがその要因とみられる。

しかし“礼儀”に関してはとても大切にしているそうで、ご本人いわく“マジヤバい地元の赤羽”において、ヤンキーの先輩後輩関係を通じて学んできたという。私のようなオジサンから見て、多少品が無かったりあけすけな物言いをしたりしても、出演シーン全体として不思議と好感度が高いのも納得である。

そして同番組で登場した、みちょぱさんの後輩ギャルモデル“れいぽよ”こと土屋怜菜さんは、さらに分かりやすくヤンキー上がりだった。

中学校の卒業式の写真では、指定のものではないダボダボのスケバン風制服姿。隣にいる真っ赤な上下の服にパンチパーマの男子らとともにヤンキー座りをしていて、後ろにはそれっぽい2台のバイクが並んでいた。

名古屋の下町育ちの私は、その写真に得も言われぬ懐かしさを覚えたのと同時に、無意識のうちに、右手の3本の指を左手でギュッと握りしめていた。

我が中学校では自分の在学当時、教師がバケツとトングを持って校内を一周すると、タバコの吸い殻でいっぱいとなった。また、同じ学校出身の2歳上の姉の証言によれば、将来有望な生徒への挨拶のため、スカウトの方がわざわざ校門まで足を運び、その独特な雰囲気から校内がざわついたこともあったらしい。もちろん、野球やアイドルのスカウトではない。

私が中1の頃、体育の授業終わりで教室に戻ったところ、同級生のヤンキー一味がドアの前で入場規制を行っていて、平岡はこっちから入れと言われた。

また何かやっとるんだろうなと思いながら引き戸を開けると、一瞬で指に妙な感覚が走り、思わず絶叫した。金属製の手をかける部分が、信じられない熱さになっていたのだ。

3本の指はわりとしっかりヤケド。ドアの向こうの教室には火のついたライターを持って楽しそうに笑い転げるヤンキーたちがいた。

他にも、登校したら少しずつカバンに色々な物が詰め込まれていて気がついたらパンパンになっている“アハ体験”的な様式や、下校時、片方の靴に画びょう、もう片方はずぶ濡れという手間のかかったハイブリッド様式まで、いわば彼らにとってのエンタメ要素だった私の学校生活。

しかし当時、この種の人たちと同じ集団の中で関わるのは中学までだろうから、と割り切ってスルーしていたためか、その度合いはエスカレート。卒業前には、薄暗い路地に呼び出されて「金か、ボコられるか、選べ」という、もはや立派な刑事事件レベルまで進化を遂げていた。

「どうせお金渡しても募金とかするわけでも無いでしょう?」と言わなくてもいいことを言ってはボコられていた日々。今思えば、中学が4年制だったらちょっと危なかったかもしれない。命が。

中学を卒業して高校に入ると、予想通り、誰も自分に何もしてこない平和な学校生活が待っていた。普段は気付きづらいが、平和というのは実にありがたいことなのである。

その後、ヤンキー一味のうち、誰かが何かで成功したという話は聞かない。また逆に、自分がテレビの報道記者だったときや、今のウェブニュースに携わるお仕事になってからも、少なくとも誰かが何かで逮捕されたという事案はなかった。それぞれどうにか無難な人生を歩み、教室のドアの取っ手をライターで炙ったことも“やんちゃな思い出”の一つとして懐かしく振り返っているのかもしれない。

みちょぱさんや、れいぽよさんが言う“ヤンキー”と比べて、彼らは前時代的で、意味合いも異なる部分が多いというのは言うまでもない。

だが、大切なので書く。

みちょぱさんや、れいぽよさんが魅力的なのは、かつてヤンキーだったからではなく、かつてヤンキーだった彼女たちだからだ。

私の考えでは、最初から礼儀をわきまえている人は不穏当なグループには入らない。一方で、ヤンキーの厳しい文化の中で生きていく手段として、彼ら彼女たちなりの礼儀正しさを新たに身につけていくということはあるだろう。

それが世間一般の礼儀と同じかどうか、学んでいない私には不明だ。しかし、お二人は、そうしたある種ぶっ飛んだ環境で経験した様々な事柄を、今のお仕事に生かす知恵や能力があるからこそ素敵に映るのだと思う。

様々な過去を持つ、多様な出演者で賑わうのがテレビの望ましいカタチであると同時に、それは様々な未来を持つ、多様な視聴者のためのものでなければならないと私は考える。

文/平岡敏治(ウェブ・ソーシャルメディアプランナー/ライター)(14日03:05)

最新コラム

pageup