一五一会

名古屋のライバル局出身の平岡敏治氏(現ウェブ・ソーシャルメディアプランナー/ライター)が、CBCの制作番組を見て思ったことを自由に書き、約20年前の採用試験において彼を書類選考で落としたCBCに対して、ある種の御礼をするコラムである。

<コラム>思い出は甘くも苦い…岐阜の名店『サカエパン』 忘れられぬ、あんパンの味と相棒の失踪

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<コラム>思い出は甘くも苦い…岐阜の名店『サカエパン』 忘れられぬ、あんパンの味と相棒の失踪
【コラム:ナゴヤ東新町 一五一会】

 人生で11回引っ越している私の7回目の引っ越し先、岐阜県岐阜市。

 テレビ局に勤めていた2007年、報道の駐在記者として赴任したのだが、業務の性質上、誰よりも一緒に過ごすことになるカメラマンが実にクセモノだった。

 彼は恐ろしくいい絵を撮る岐阜の地元民で、しかもたまたま撮れるのではなく、撮るべくして撮る。一方、人間としては頑固なお調子者というレアなタイプ。年も10歳位上のはずなので、初めて岐阜支局に行った日はなかなか緊張した。端的に言えばビビっていた。

 初日の朝、全支局員5人の前で型通りの挨拶をして自席についた私。自分の右側に座っているカメラマンに話しかけてみようとしたが、目の前で大げさに新聞を広げていて顔も見えない。

 どうしたものか…と困っていると、新聞から声がした。

「家、どこにしたの?」

 自分が駅の近くだと答えると、ちょっと間があってから再び新聞がしゃべった。

「サカエパンのあんパン、旨いよ」。

 大きな事件や事故もなく平和に過ぎた着任日。彼との会話で今覚えているのはそれだけだ。

「近くにパン屋さんがあるんですよ。『サカエパン』っていう」

2月27日深夜に名古屋のCBCテレビが放送していた『本能Z』に、あれから何度行ったか分からないサカエパンが偶然登場していた。

 お笑い芸人・トラッシュスターの中山真希さんが、名古屋=福井間を歩いて往復する過酷な企画「辛ゾンドットコム」。福井からの帰り道に通った岐阜市内で、彼が地元の方から勧められていたのだった。

 私の場合は、取っつきづらいヒゲのおじさんからだったが、中山さんは21歳と9歳の可愛らしい姉妹。私もそっちの思い出の方がよかった。

 番組に出演していたサカエパンのおばちゃんの話によれば、店は昭和22年創業。一番人気のあんパン(120円)を始め、気取らず親しみやすいラインナップは地元の方の絶大な支持を受けている。

 いわゆる昔ながらの“街のパン屋さん”で、お世辞にも広いとは言えない店内は、いつもお客さんでいっぱい。阿吽の呼吸で互いをかわしながら、パンにトングを伸ばしてはトレーに乗せていく動きは、下町の社交ダンス会場のようでもある。

 ちなみに、番組でもちょっとだけ映っていたが、このお店では値札にあるパンの名前が「ちゃん」付け。これだけでも、いかにパンを愛し、また客に愛されている店かが伝わってくるというものだ。

 誰かに何かを勧めるのは、ちょっとだけ勇気が要る。

 その行いを細かく整理すると、自分の趣味・趣向を晒した上で、正確に好みの分からない相手に対して、対象への接触を提案することだからだ。

 でも逆に、勧められる方からすれば、その対象への感想はどうであれ、自分のために、自分が知らないモノやコトを教えてくれる気持ちが何ともうれしい。

 そうした人と人とのコミュニケーションの中に入りこんでいるサカエパン。商品の心温まる味わいは、相手との思い出とともに深く心に刻まれる。70余年も続く商売というのは、きっとそういうものに違いない。

 スマホの操作一つで「共有」ができる今は、勧め合える情報の量も速度も、互いに対する感情が追いつかないほどに膨れ上がってしまっている。

 初めて訪れた12年前のままである店の佇まいを見て、誰かに何かを勧め、また勧められることのうれしさや豊かさを、改めて再確認したのであった。

 ちなみに、私にサカエパンを勧めてくれた頑固でお調子者のカメラマンとは、結局よき相棒に。プライベートでお世話になることも度々で、人生においてなかなか重要な出会いとなった。

 が、その後突然仕事を辞めて謎の失踪。別れまでハイレベルのクセモノだった。


平岡敏治(ウェブ・ソーシャルメディアプランナー/ライター)

画像:トラッシュスター 中山真希さん(C)CBCテレビ(4日11:33)

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