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あの日あの時CBC!!プレイバックCBC

東海地方の最新情報は常にCBCから発信! 〜CBC災害・事件報道史1〜

民放第一声から50年余り、この地方のみならず全国・世界の最新ニュースをいち早く伝えてきたCBC。この地方の発展と共にあったCBCの災害・事件報道史を見てみましょう。

1959年 伊勢湾台風

被害地の取材



船の上から撮影

 

 9月26日、東海地方を襲った伊勢湾台風は、紀伊半島に上陸した時の中心気圧が929.5ミリバール、最大瞬間風速は津市51.3m、小牧市60m、名古屋市45.7mを記録するなど猛威を振るい、未曾有の惨禍をもたらした。高潮、波浪、堤防の決壊、河川の氾濫などにより愛知・岐阜・三重の東海3県だけでも死者、行方不明4645人、負傷者6万7000人、被災家屋65万戸など、被害総額は5543億円に上った。
 CBCでは25日午後、台風の接近に備えて、各地に記者とカメラマンを派遣。翌26日には早朝から気象台、県庁、警察、国鉄などに取材要員を増強したほか、FMカー4台を要所に配置、取材体制を整えるとともに、全社的に非常態勢を敷いた。
 CBCでは、台風関係の放送の際、人心を必要以上に刺激し、不安に陥れないよう配慮して、台風が東海地方を通過するまでは被害を強調することなく、住民にとって必要な、キメの細かい情報や注意事項を重点においた報道を心掛けた。
 夜半には、CBCの玄関前で撮影していたカメラマンの前で、タクシーが暴風にあおられて横転、続くオート三輪も転倒した。この迫力に満ちた映像は、のちに伊勢湾台風を語るうえで貴重な記録となった。

1972年 四日市公害に歴史的判決 特番全国ネット

当時の四日市コンビナート

 ぜんそくに苦しむ四日市市の公害病患者が、石油コンビナート各社に損害賠償を求めた四日市公害裁判の判決公判が7月24日、津地方裁判所四日市支部で開かれ、「原告勝訴」の判決が言い渡された。
 CBCはこの日、スタッフ107人を動員し、「四日市公害に判決下る」のタイトルで、テレビがJNN報道特別番組(午前9時〜10時)をラジオも特別番組(午前9時25分〜10時)を、裁判所前の特設スタジオから、全国ネットで放送した。
 四日市ぜんそくは、塩浜コンビナートが本格的に操業を始めた'60年頃から患者が増加し、大気汚染による公害が大きな社会問題になった。公害病認定患者は'65年に認定制度ができてから5年間で1000人に達し、熊本と新潟の水俣病、富山のイタイイタイ病とともに4大公害病といわれた。
 '68年、公害の最もひどい磯津地区の公害病患者9人が、コンビナートの企業6社を相手に、総額8340万円の損害賠償を求める訴えを起こした。
 判決の日、JNN報道特別番組は、原告勝訴の第1報を「石油コンビナートが、大気汚染の犯人と断定されました」と伝えた。中継カメラは、病院のベッドで涙を流しながらテレビをみつめる原告の1人を、また、勝訴を喜ぶ川崎市のぜんそく患者を映し出した。

1976年 報道スクープ”長良川決壊”

長良川決壊の瞬間のスクープ映像

 台風17号に伴う前線の影響で、1週間も雨が続き、東海各地で被害がでていた9月12日、岐阜方面の被害状況の撮影を終えて帰還途中のヘリに、本社から「岐阜県安八町で長良川右岸決壊!」という第1報が入った。
 ヘリは直ちにUターンして現場へ急行、決壊した堤防から濁流が扇状に広がっていく瞬間の撮影に成功した。フィルムは、すぐに現像され、ニュースのタイトルが流れる最中、編集なしでプロジェクターにかけられ、放送に間に合った。
 この決壊現場の映像は、CBCの大スクープとなり、JNNの年間特別賞を受賞した。

1979年 御岳山噴火 テレビ全国中継

御岳山噴火の迫力ある映像

 「木曽のおんたけさん」で知られる岐阜、長野県境の御岳山(標高3063m)が10月28日早朝、噴火しているのが確認された。御岳山の噴火は有史以来初めてで、頂上近くの火口から、濃い灰色の煙と大小の石が猛烈な勢いで噴出し、長野県側に流れた。
 CBCは、直ちにヘリコプターで上空から取材するとともに、中継車を現地に出動させ、迫力ある御岳山噴火の映像を、ニュースと翌朝のワイド番組などで全国に中継した。

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