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あの日あの時CBC!!プレイバックCBC

CBCの技術がテレビの歴史を作った 〜CBC技術発展史〜

 『民間放送第一声』を東海の空に轟かせたCBC。放送の黎明期を全速で駆け抜けてきたCBCは、その高い技術で放送の発展に大きく寄与してきた。
CBCが全国・全世界に発信してきた輝かしい技術の一端をご紹介します。

1958年 ハンディトーキー完成

ハンディトーキーを肩に
取材するアナウンサー

 中継現場のマイクの音声を無線で中継車に送る装置「ハンディトーキー」が1月23日完成した。CBCで開発、松下電器が制作した。真空管に代わりトランジスタを使用したことにより小型、軽量化に成功し、アナウンサー自身が肩に掛けて持ち歩く携帯型となった。
 中継車からアナウンサーへの連絡もできる同時通話方式で、出力は1Wながら約1kmの範囲で使用できた。

1959年 ヘリコプターから世界初の中継

世界初のヘリコプターからの生中継
(伊勢神宮上空)

 元旦の全国リレー中継特番「迎春」で、CBCは自社開発のハンディカメラをヘリコプターに搭載して伊勢神宮上空から初詣風景を生中継した。
 前年、カメラとマイクロ送信機をトランジスタ化し、小型・軽量化に成功したが、信頼性に不安をもつ技術陣を製作スタッフが説得して実現した。
 約40人のスタッフを動員、マイクロ中継点も3ヶ所、ヘリコプター基地1ヶ所の大がかりなものであった。折からの悪天候も重なり、大変な苦労もあったが、ヘリコプターから撮影する初詣の模様は各局から称賛を浴びた。移動体からの生中継は世界で初めてであった。

1960年 トランジスタカー(テレビ中継車)完成

トランジスタカー

 '58年に完成したトランジスタカメラ以後、中継車に必要な機器のトランジスタ化に次々と成功し、これらを搭載した小型の中継車がこの年完成した。製作は前年創立された日本電子機器製作所(現:中日電子)と池上通信機があたった。主な搭載機器はイメージオルシコンカメラ3台、100Wマイクロ送信機2台、映像スイッチャーなどからなり、消費電力も1KWと真空管式機器に比べ約9分の1であった。車両も、これまでのおよそ半分の全長4.8mと小型化され、走行中でも車上から中継が可能であった。

1962年 CBC開発のハンディルッキーアメリカで大活躍

ハンディルッキーがアメリカで活躍

 テレビ開局当時の放送設備はまだメーカーも開発途上にあり、幾多の改良の余地があった。当時はテレビ局とメーカーの技術レベルがほぼ同じで、使い勝手に詳しい局側のリーダーシップが大きかった。
 CBCでは研究部を設け、2回のエミー賞受賞など現場に密着した製品の開発に大きな足跡を残した。
 なかでも、アメリカの文献を参考にして放送機器をトランジスタ化し、数々の成果を上げた。特にハンディカメラの開発は傑出しており、アメリカCBSが使用するまでになった。

1964年 超小型テレビカメラを開発

CBCが開発した超小型テレビカメラ

 テレビカメラの小型化を目指すCBC技術陣が、その最終版ともいうべき超小型高性能カメラの開発に成功した。このカメラは、アメリカCBS放送の依頼を受けて開発を進めていたもので、撮像管には2インチのイメージオルシコン、レンズには従来の10倍の倍率をもつアンジェニュー社の16ミリズームを使用した。急速な画面転換にも画質が低下せず、また軽量の水銀電池を使うオールトランジスタ方式のため、1個の電池で2時間以上の使用が可能となった。
 これとともに開発された移動中継用800MHzの送信機と併用することで、無線カメラとして機動性も高まった。

1964年 スピードガン東海地区初登場

スピードガンをいち早く導入

 スポーツ部の担当者が、雑誌ベースボールに掲載されていた「米国製の新兵器、野球のスピード測定に米大リーグ必携」の広告記事に注目し、スピードガンを購入。
 製作技術部で、テレビ画面に表示する映像出力装置を製作し、4月11日のビデオナイターで使用した。タイミングよくドラゴンズの小松投手が投げた151km/hを表示して、プロ野球ファンの話題をさらった。

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