What's CBC


What's CBC トップ > 会社案内 > あの日あの時CBC!!プレイバックCBC > 株価・地価高騰でバブル景気へ 〜昭和から平成にかけてのCBC〜


会社案内

あの日あの時CBC!!プレイバックCBC

株価・地価高騰でバブル景気へ 〜昭和から平成にかけてのCBC〜

 時代の大きな躍動と変革と幻想に遭遇した80年代。アメリカ経済の不振に反してバブル経済に踊る日本。社会主義という壮大な実験をしてきたソ連・東欧の民主化、そして足かけ64年にわたる「昭和」が終焉を迎えた、そんな時代のCBCは・・・・?

1981年 テレビ界に新風『ぱろ゚ぱろ゚エブリディ 〜面白くてBomb!〜』
「なめ猫」がテレビに初登場。大人気に

テレビに初登場の“なめ猫”

 この年の10月5日、『ぱろ゚ぱろ゚エブリデイ 〜面白くてBomb!〜』(月〜金曜 午後5時15分〜5時55分)がスタート。タイトルは、字もパロっちゃおうと、「ろ」に丸をつけたところ、新聞社からクレームがつき、日本語を乱すものとして議論の的となり大きな波紋を起こしたが、おかげで番組開始前から世間の関心を呼ぶ結果となった。
 司会はアナウンサー久野誠とタレントの野口小太郎にアシスタントの女子高校生で、「中学生中心の年代を対象とした情報娯楽番組」を目指した。
 ちなみに、この番組のキャラクターとして使った“なめ猫”(なめんなよ猫)は、子猫にガクランを着せた写真で、番組で紹介するや大ブームとなった。

1982年 ラジオ「小堀勝啓のわ!WIDE」放送開始

 この年の10月4日、高校生を中心としたヤング向け娯楽情報番組「小堀勝啓のわ!WIDE“とにかく今夜がパラダイス”」(月〜金曜 午後9時〜10時50分)がスタートした。内容はクイズ、音楽、情報など盛りだくさんだったが、「自分が本当に面白いことだけをやろう」という“コボリズム”が受け、名古屋の夜の名物番組となった。
 アナウンサー小堀勝啓は、’84年は月刊誌「ラジオマガジン」の全国DJ人気投票で第3位に選ばれたのをはじめ、常時ベスト3に入り、局アナ部門では1位を堅持した。
 スタッフと結成したバンドでレコードデビュー、さらにエッセイ集の刊行や映画「アイコ十六歳」出演など、多方面で活躍し、番組の原動力となった。
 ’84年4月から「わ!WIDE」は3時間40分の超ワイド番組となり、翌’85年4月から月曜から木曜までの放送となった。

1983年 テレビ「サンデードラゴンズ」放送開始

 この年の10月2日、ドラゴンズ応援番組「サンデードラゴンズ」(日曜 午前9時〜9時30分)の放送がスタート。前年(1982年)、ドラゴンズがリーグ優勝を果たしたことから、1月に「夕刊ドラゴンズ」をスタートさせ、さらに3月からは、毎週日曜9時から30分間の「木俣達彦の燃えよドラゴンズ」の放送を開始した。
 「サンデードラゴンズ」は、「燃えよドラゴンズ」が試合結果やゲーム展開、技術論を中心にした内容であったものを、さらに幅広く、女性ファンにも気楽に見てもらえる番組を目指した。このため野球をドラマチックにとらえること、選手の人間性を描くこと、敗者のヒーローをつくることなどに工夫をこらした。
 司会者は久野誠・古木淑恵両アナウンサー、解説者には「燃えよドラゴンズ」から引き続き木俣達彦が加わり軽妙なトークを繰り広げた。
 その後司会者や解説者が代わるながらも、ドラゴンズファンに親しまれる番組となった。

1983年 「第1回ラジオ カルチャーウォーク」を岡崎市で開催

“行動するラジオ”を展開した
「ラジオ カルチャーウォーク」

 ラジオを聴きながら史跡を巡る、立体カルチャーイベント「第1回 中日・CBCラジオ カルチャーウォーク」が11月6日、家康ブームに沸く愛知県岡崎市で実施された。
 抽選で選ばれた5000人余りの参加者は、携帯ラジオのイヤホンを耳に、アナウンサー中島公司、マッハ文朱、上岡龍太郎、関本すみれの司会のもと、中根鎭夫岡崎市長、作家の安西篤子らのトークを楽しみながら、岡崎城〜家康館〜大林寺〜松径寺〜伊賀八幡〜大樹寺と、家康公ゆかりの史跡を訪ねて回った。途中の公園でチェリッシュのミニコンサートを聴き、最後は大樹寺小学校に集合して、出演者との交流や、プレゼントの抽選などを楽しんだ。
 この模様は、午後1時から3時30分まで生中継された。中部地方初の試みとして実施されたが、放送を聞いていた一般視聴者の評判もよく、以後毎年、秋の定例イベントとして犬山、岐阜、瀬戸などを舞台に実施されている。

No.3へ

No5へ