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あの日あの時CBC!!プレイバックCBC

高度経済成長期 カラーテレビ放送開始 '60年代

 1956年からテレビ放送を開始したCBC。
戦後最大の政治的動乱と評された60年安保・日米安全保障条約改定が終わり、日本は池田首相の唱えた「所得倍増計画」に沿って高度経済成長に突っ走り始めた。
 1964年の東京五輪で戦後復興を世界に示し、GDPも世界第2位となった60年代、CBCもカラー放送の開始など新たな時代を迎えた。

1961年 テレビ『当てましょう買いましょう』放送開始

 10月11日、新しいお買い物番組「当てましょう買いましょう」(水曜 午後5時45分〜6時15分)がスタートした。
 この番組はアメリカの人気番組にヒントを得たもので、毎週6組の解答者が、出される商品に値段をつけ、正価ぴったりの場合は5点、誤差1割以内は3点、2割以内は1点で採点、最高得点者に登場した全商品が贈られた。その後同種番組が続々生まれたが、いわばそのはしりとして登場、一時は午後6時台で20%を超す視聴率を誇る人気番組となった。番組は'72年9月29日までの11年間続き、放送回数は570回を数えた。

1963年 法廷から初のテレビ中継

 2月28日、名古屋高裁で画期的な裁判とその報道があった。50年の長い間、無罪を叫び続けてきた吉田石松翁の、強盗殺人事件の再審判決の模様を、CBCなど3社が、法廷から初めてテレビで生中継した。
 従来は、開廷後の数分間のみ、フィルムカメラでの撮影が許可されていたが、この裁判では、被告が自らの主張を報道機関を通じて皆に知ってもらいたいと希望し、被告の人権を損なう恐れがないとの裁判長の判断により、生中継が実現した。
 裁判は、「冤罪である」という吉田被告の主張が認められて無罪となった。

1963年 日本初の超ワイド番組『はい、今日は!CBCラジオです』放送開始

 6月3日、4時間半の超ワイド番組「はい、今日は!CBCラジオです」(月〜金曜 午後1時〜5時30分)がスタートした。
 従来ラジオの編成は、個々の番組が単位で、それぞれのつながりや、生活時間に合わせた流れはあまり考えられていなかった。ラジオがパーソナルな媒体として、個人の生活様式と密接な関係をもつようになった時代に合わせて、CBCでは思い切った編成に踏み切った。番組は大きな流れをもちながら、1時から4時までは、生活情報を盛り込んだ主婦向けとし、4時から5時30分までは、将来性のあるカーラジオを強く意識した動的な構成がとられた。
 放送への関心がラジオからテレビに移りつつある時代にあって、新しいラジオの方向性を探るとともに、テレビに対する巻き返しの突破口として考えられた番組でもあった。

1964年 カラーテレビ放送開始

 CBCは9月1日、テレビのカラー放送を開始した。最初の番組は「カラー日本めぐり」(午前11時15分〜45分)というフィルム番組だった。テレビ放送のカラー化については、テレビ開局後間もなくカラー放送実施準備委員会を発足させるとともに、カラー用機器を一部導入するなど準備を進め、'57年に早くも、カラーテレビ実験局開設の免許申請をした。 この年、7月7日にカラーテレビ放送の免許を申請、8月28日に本免許を取得した。
 10月10日から始まった東京オリンピックは、カラーテレビをはじめ、衛星中継、スローVTRなど新技術を駆使したテレビの一大イベントで、これを契機に日本のカラー放送が急速に普及した。
 CBCでも、スタジオ設備などカラー化の準備を積極的に進め、'67年から本格的にカラー放送を実施した。

1966年 ラジオ「朝の歳時記」放送開始

 CBC制作のラジオ番組「朝の歳時記」(月〜金曜 午前7時35分〜40分)が、全国33局ネットで10月10日からスタートした。ナレーターは初代が矢島正明、2代目が名古屋章で、'69年には俳優の川久保潔が引き継いだ。
 番組は、冒頭の格言に始まり、その日にちなんだ歴史上の話、トピックスなどで構成。川久保潔の落ち着いた語り口と、「おはよぉーございます」という独特の口調で親しまれ、CBCを代表する長寿番組となった。

1968年 ラジオワイド番組「ばつぐんジョッキー」放送開始

 11月4日、ラジオ新番組「ばつぐんジョッキー」(月〜土曜 午後1時30分〜3時)が始まった。この番組はカーラジオ向けに制作されたもので、家庭の主婦層もターゲットにしていた。
 藤本義一、寺内大吉、はかま満緒、上岡竜太郎、河井坊茶といった司会者が、それぞれの曜日を担当した。生放送の特性をフルに生かして、人生相談や世相風俗を面白おかしく語るコーナーが人気を呼んだ。
 全体としては、歌謡曲のリクエストを中心とし、時には話題のゲストを招いたり、電話インタビューを行ったりした。1万円クイズやタクシー・ラッキー・ナンバーといった聴取者プレゼントも好評であった。
 番組は'86年10月3日まで18年続く長寿番組となった。

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