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会いたくてももう会えない、同い年のスゴイひと

同い年のマジですごいやつ - 「同い年のマジですごい思い出」最終話

年末年始は同窓会シーズン!同い年の仲間が集まり、あの頃の思い出話にも花が咲きます。
そんな「同い年」にまつわる各世代のエピソードを連載します!
最後は60代…。

~最終話~
『会いたくてももう会えない、同い年のスゴイひと 』

小堀勝啓(60代)

1950年生まれの寅年、血液型も同じB型。育った環境も良く似ている。 家業が料亭で、小さいころから三味線の音や芸者さんの唄声、お座敷のざわめきに囲まれていたこと。 小学校の遠足ではクラスメイトのお弁当が卵焼きとオニギリの時代に、自分のお弁当は海老フライや西京焼きが入っていたこと。 宴会の残りが詰められていたのだが、なんだか気恥ずかしかったこと・・・。 初対面の時に何かのきっかけで、そんな話になり、すっかり意気投合してしまった。

当時、彼は気鋭の映画監督、僕は夜のラジオのパーソナリティー。 新作映画のキャンペーンがきっかけだった。 以来、新作公開のたびに番組に来てくれ、いろんな話に花が咲いた。 あるとき彼が「実はオレ、ラジオDJになりたかったんですよ。学生時代、自分で番組みたいの作って、自分でしゃべってテープに録って、夜、枕元のカセットで聴きながら寝るの。暗いでしょ?」という話をした。 「いや、暗くない、暗くない。僕も似たようなもんです」と盛り上がった。

『のようなもの』『家族ゲーム』『そろばんずく』『模倣犯』『黒い家』『間宮兄弟』・・・ 彼が発表する作品はブラックユーモア、ミステリー、ホラー、ハートウォーミングと多岐にわたり、どれも独特の才気にあふれていた。

輝かしい受賞歴を誇る彼が、かの黒沢明監督の『椿三十郎』をリメイクしたときは、暴挙という声も上がったが、僕は「むしろ快挙!」と伝え、珍しく弱気になったいた彼はおおいに喜んでくれた。 『武士の家計簿』のときは、僕が仕事でエジプトに行っており、彼の名古屋に来る日が僕の帰国の日と重なり、残念ながらNGだった。

ところが!帰りの足で局に寄ったところ、エレベーターが開き、次の局に向かう彼が出てきてバッタリ! お互い「次はぜひ!!」と短く言葉を交わして慌ただしく分かれてしまった。

そして、「次」はなかった。『A列車で行こう』完成後、キャンペーンの前にまだ61歳の若さで、彼はいそいそと逝ってしまった。 今年、僕は68歳になるが、彼は永遠の61歳だ。そして数々の作品は永遠に残る。

彼の名は映画監督・森田芳光さん。 会いたくてももう会えない、同い年のスゴイひとだ。

小堀勝啓

(フリーアナウンサー/ラジオパーソナリティー)