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7月29日(日)23:30〜24:00放送

家庭用花火〜逆境との闘い〜

ゲスト:長谷川公章(花火屋長谷川商店店主)

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家庭用花火・逆境に立ち向かうゲンバビトたち
家庭用花火・逆境に立ち向かうゲンバビトたち

日本の夜を彩る花火は、大人から子どもまで楽しめる、夏の風物詩。しかし、花火業界は今逆境に立たされている。今回は、逆境と闘う家庭用花火のゲンバビトに密着した。

家庭用花火復活を目指す開発者
家庭用花火復活を目指す開発者

東京都台東区。ここに、業界トップクラスのシェアを誇る花火メーカー『株式会社オンダ』がある。家庭用花火の企画・開発・デザイン、その全ての指揮を執るのが、恩田郷子さん。今回密着する1人目のゲンバビトだ。社内には、手持ち花火や懐かしのねずみ花火、へび玉など、あらゆる種類の花火が並んでいる。時代を彩った、家庭用花火たち。しかし、近年花火をする人が減ってきていると、恩田さんは言う。
「(世の中の)環境もあって、なかなか厳しくなってきている。危機感を感じています」
新しい娯楽の登場に加え、花火のできる場所自体が減少。花火業界は、逆境に立たされている。

そんな時代を乗り越えるため、恩田さんは、革命的な花火の開発に挑んでいた。この日は、新作花火の企画会議。今花火に何が求められているのかを考え抜いた上で、企画・立案した商品を工場に発注する。試作品が届いたら、河川敷へ行きシミュレーション。
「もう一声だね。ちょっと色が薄いかな」
仕上がりを細かくチェックする恩田さん。色合いは、花火の生命線のため、特にこだわる。チェックを終えたら、改善点をまとめて再び工場へ発注。このような作業を繰り返して、新しい花火が生まれる。

恩田さんは、時代に合わせて花火を進化させてきた。例えば、手持ち花火。恩田さんが開発した『ロング花火』という商品は、通常の花火のおよそ6倍となる1分30秒以上の燃焼時間を誇る。この時間の長さには、単に長く楽しめるだけでなく、時代に合わせた狙いがある。
「スマホで写真を撮る時代。(燃焼時間)15秒じゃ慌てて、いい写真が撮れない」
今の時代に合わせ、シャッターチャンスの時間を十分に確保したのだ。さらに、昔に比べてマナーに厳しくなった今の時代を考慮し、普通の花火よりも明らかに煙が少ない都市型の商品も開発している。

このように花火を進化させる恩田さんは、花火の復活にも挑んでいる。昭和の頃、子どもたちに大人気だった花火も、職人の減少などで今は作られていないものがほとんど。そのうちの1つが、水中でも燃え続ける金魚花火。職人が製造をやめたため、43年前に生産が終了している。その復活を望む熱い声を聞いた恩田さんは、新たな職人と手を組み、現代風のデザインにして復刻。昭和の思い出を今に蘇らせた。また、セット花火のパッケージにも恩田さんは徹底的にこだわる。一昔前はシンプルなデザインが主流だったが、
「どうしてもデザインを変えたかった。入社して最初に、花火セットのデザインを変えた」
今では当たり前となった華やかなデザインや、花火のテーマを打ちだしたパッケージは、全て恩田さんが発案し作り上げたもの。さらに、花火をどう並べるかも重要。一番目立つ場所には、人気の高い花火を並べる。綺麗にレイアウトされたセット花火の真ん中には、ドラゴン花火が置かれていた。

恩田さんに、家庭用花火の未来について聞いてみた。
「100年後も、花火は風鈴とスイカの横にいる」
美しい日本の風物詩を守るため、恩田さんは移り変わる時代の中で闘い続ける。

日本で唯一のドラゴン職人
日本で唯一のドラゴン職人

愛知県岡崎市には、今も多くの花火屋さんがある。今年で創業72年の老舗・佐野花火店では、さまざまな種類の花火が昔ながらのバラ売りで販売されていた。長年さまざまな花火を見てきたお店の方に、噴出花火『ドラゴン』の魅力を聞いてみた。
「他の噴出と比べられない。ドラゴンは絶対王者」

元祖ドラゴンの発売は、終戦後間もない昭和24年。パチパチと火花が散った後、一気に吹き上がる派手な演出で長年愛されてきた人気花火だが、10年前一度製造中止になっている。それを復活させたのが、太田煙火5代目・太田恒司さん。太田さんは、日本でただ一人のドラゴン職人。中身もデザインも一切変えず、33年間ドラゴンを作っている。

これからドラゴンの製造ゲンバへ向かうと言う太田さんに同行した。車はどんどん街を離れていき、山奥へと進んでいく。着いたのは、人里離れた山の中。目の前には、危険区域と書かれた看板がかかっている。山奥に製造ゲンバがあるのは、火薬類取締法という法律で、製造施設との保安距離が決まっているから。この辺り一帯は太田さんの土地で、広大な敷地の中には、原料置場や、火薬類一時置場、填薬(てんやく)仕込工室などの建物が点在していた。火薬など危険な原料を扱う花火の製造ゲンバは、万が一火災が発生した場合の被害拡大を防ぐため、建物間の距離も法律で決まっているのだという。
「土地がないと花火は作れない」

作業場へ行き、さっそくドラゴン作りに取りかかる太田さん。大量の火薬を取り出すと、それをパイプに詰めていく。手袋はしておらず、作業は素手で行われる。
「感覚が大事。(手袋を)してない方が確か」
1グラムの誤差でも燃え方がかなり変わるため、繊細な作業が必要なのだという。火薬を詰め終わったら、プレス機を使って密封。その後は、導火線をつける作業へ。火薬に貼ってある紙を1つずつ破って、導火線を挿す穴を作っていく太田さん。パートの方もお手伝いして導火線を挿していく。こうして、全てを手作業で行い、一日約4,000個のドラゴンが作られている。

今でこそ、当たり前のように売られているドラゴンだが、太田さんは元祖ドラゴンの製造を10年前に一時中止している。理由は、原料の価格高騰。原料を減らして製造することも考えたそうだが、
「それをしてしまうと、今までずっと愛してくれた人たちを裏切る形になる」
こうして2008年に姿を消した元祖ドラゴン。しかしその8年後、太田さんの元にドラゴンへの熱い想いを持つ人々の声が届いた。その声に心を動かされた太田さんは、元祖ドラゴンの復刻版を作ることを決意。インターネットで支援者を募集した。すると、あっという間に復刻のための支援金が集まったという。
「嬉しかったですよ。背中を押してもらえた」
こうして復刻版として蘇った元祖ドラゴン。パッケージの一面には、感謝の気持ちを込めて、支援した人々の名前が書き連ねられていた。
夏の幸せなひとときを守るために。太田さんは逆境に立ち向かい、ドラゴン花火を作り続ける。

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