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サンキュー! #1/60 記憶のプレゼント「関市の刀匠」

2016/08/13

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1964年に放送した刀鍛冶のドキュメンタリー番組から60サンキュー。
岐阜県関市で室町時代から続く刀匠一族、そして刀身を収める「鞘師」達は今どうしているのか

※2016年8月5日放送『イッポウ』より

関の刀匠を追ったドキュメンタリー

鉄の歴史5000年の中でも特筆すべき技術で作られる日本刀。
「武器としての力強さ」と「芸術品としての美しさ」に人々は魅了される

室町時代には300人を越える刀鍛冶がいたという美濃の国「岐阜県関市」
刀鍛冶に欠かせない良質な水と木炭が豊富にあるため、
始祖と呼ばれるのが「元重翁」が関市に居ついたのがその始まりだという

1969年放送 CBCのドキュメンタリーはこの関の刀匠を追っている。
番組はこの地域に伝わる、ある名刀を紹介していた。それが、「藤原兼房」
激しく波打つ「互の目乱れ」という模様が特徴の名刀「兼房」
室町時代の刀匠「藤原兼房」が生み出したという

現代まで受け継がれる”藤原兼房”

藤原一族は、今も関市で刀を打っているという。
25代目藤原兼房の加藤賀津雄さん59歳
そして26代目となる長男の正文実さん38歳。600年以上続く刀匠の一族

刀匠の相棒鞘師―――

刀の鞘を作る「鞘師」も紹介されていた
1969年当時も減っていたという「鞘師」だが、関では、現在7人の鞘師が仕事を続けていた

2代目の森雅晴さんと息子の3代目隆浩さんが日本刀専門の鞘師
刀の反り具合に合わせ、朴の木を削りだし寸分の隙間もないように鞘を作っていく

鞘の注文は47年前と変わらず年間200以上。今でも需要は確実にある
そんな彼らに、当時の映像を見てもらった。

日本を代表する刀鍛冶”中田兼秀”

映像に映っていたのは、「中田兼秀54歳」
岐阜県の重要無形文化財に認められた昭和の日本を代表する刀鍛冶

それを見て、25代目兼房の加藤刀匠は若かりし日を思い出す

「中田刀匠は皆の前で鍛錬を見せなさいと言った
鍛錬を終えると「仕事」を覚えてきたなといわれた。
認めてくれたんかなという感じでしたね」

25代目藤原兼房の技

VTRを見終わると、25代目兼房は、その磨きぬかれた技を見せてくれた
まずは玉鋼を台の上に重ね並べ、わら灰と粘土を溶かした水で全体を覆う
こうすることで鉄の芯まで熱することができ、酸化も防げるという

鉄が溶け出す1500℃まで一気に火力を高めて、重さ5キロの大槌を振り下ろす
そして板状になった鋼をふたつに折り曲げ、また叩いて延ばす。これを10回ほど繰り返す。
余分な炭素や不純物を取り除き、鉄の強度を高める鍛造と呼ばれる工程

次は刀身の緩やかな反りを出す。
炭などを混ぜた粘土を刃先には薄く乗せ、反対の背の部分は厚く覆う
焼入れした時の温度差で背の部分が縮み、刀身が僅かな弧を描く。
そして藤原家に伝わる刀紋「互の目乱れ」を描いて下準備完了

最後は刀に命を吹き込む焼きいれ
温度を上げすぎると刃先が脆くなり、低いと切れ味が鈍くなる
暗闇の中、刀身の色で温度を見極め900℃の温度まで一気に火力を高める

そして最後に磨きの職人「研ぎ師」が仕上げて完成
値段は一振り300万円。年間20以上の刀を打つという。

25代目藤原兼房の想い―――

「こういう伝統技術を日本の誇りに思って、皆に教えていきたいですね
日本刀には長い伝統があるので、その精神を伝えて行きたい」

今も連綿と伝わる日本伝統の技、今日も町には槌音が響いている