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サンキュー! #1/60 記憶のプレゼント「七宝職人の今」

2016/06/17

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かつては200人を超える「七宝焼き職人」が活躍してたというあま市七宝町だが今や後継者問題などで40人ほどに減ってしまった。
1983年にCBCが密着した 七宝職人の親子は今どうしているのか?
取材を進めると 思いがけない展開に・・・

※2016年6月6日放送『イッポウ』より

伝統工芸七宝焼き

純銀の細いテープで複雑な輪郭を描き
その中にクリスタルガラスの粉末を溶いた釉薬を乗せて焼き上げる
普通の焼き物にはない光沢と鮮やかな色合いを生み出す芸術

1983年七宝焼きの街「七宝町」は―――

その名が由来となった愛知県のとある町を紹介する
1983年放送のCBCのドキュメンタリー番組がある

町は町名の由来となった焼き物産業で栄えていた
金・銀・真珠など7種類の宝石のような輝きを放つことから七宝焼き
番組はこの町で七宝焼きを手がける職人の親子を紹介している。田村さん親子だ。

明治中ごろには200人を越える七宝職人がいたという七宝町
しかし最近では後継者問題などから職人の数は減り続け、わずか40人ほどに
番組で紹介された田村さん親子はどうしているのか・・・

当時、七宝職人だった田村さん親子、現在は―――?

田村七宝工芸は、今も同じ場所に存在
しかし田村幸夫さんは8年前、病気のため75歳で他界
当時20代の青年だった丈雅さんが後を継いでいた。
町の職人で一番の若手だった丈雅さんは今58歳。

妻の美由紀さんも同じ七宝職人。
そして長女の有紀さんも武蔵野美術大学を卒業後、七宝の世界へ
家族3人で手がける作品は、年間200点以上にも及ぶ。

今一度若き日の仕事を見ていただく―――

「あまり考えもなしに無謀なことをやってしまったなっていう・・・」
すると丈雅さん、小筆を取り出し、銅版に下絵もないまま、迷わず下絵を描き始めた

七宝焼きができるまで―――

桜と富士山があしらわれた桜花文様富士の図という伝統的な図柄が、あっという間に出来上がる

そして妻美由紀さんは、そこへ純銀のテープを貼り付けていき輪郭を作っていく
使っているのは、釜で焼き上げると蒸発し、跡が残らないという江戸時代から伝わる技法

そしていよいよ七宝の命、色づけの工程
着色したクリスタルガラスの粉末を溶いた釉薬を図柄の中に乗せ、釜で焼き上げる
ガラスの成分が溶け、透明感の有る表情を作り出す

こうして仕上がったのが、この深みのある色合い

長女 有紀さんの想い―――


「最初は継ごうとか考えてなかったんですけど、
伝統工芸が無くなっちゃうって考えると・・・
私が5代目です。もう公言してます。5代目なの私!って

夫婦で、親子で、切磋琢磨しながら代々受け継いできた職人の技を磨き上げていく一家
単に伝統を守るだけでなく、新たな価値も生み出すため、今日も七宝焼きと向き合う