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サンキュー! #1/60 記憶のプレゼント「喜劇王チャップリンと鵜飼」

2016/05/11

55年前に長良川鵜飼の見物に訪れた喜劇王チャールズ・チャップリン。
この取材の映像をひも解くと、当時は伏せられていた意外なエピソードが明らかに!

喜劇王チャップリン岐阜へ降り立つ

1961年に撮影されたCBCのニュース映像
55年前の1961年 7月22日、鵜飼を見るために岐阜駅に降り立ったのが
当時72歳だった、喜劇王チャールズ・チャップリン

親日家として知られ 生前4回日本を訪れてるが
そんなチャップリンが「芸術だ」と高く評価していたのが、「鵜飼」

鵜飼とは、巧みに鵜を操って火の明るさに驚いた鮎を捕まえる
この鵜匠の技は、およそ1300年、世襲で受け継がれてきた

チャップリンの足跡を追って―――

55年前、チャップリンが自宅を訪れたという山下哲司さんを訪ねた。
山下さんは代々続く鵜匠の19代目で普段は20羽の鵜と生活している。

鵜匠だった山下さんの祖父、幹司さんは、
チャップリンが初めて岐阜を訪れた昭和11年に鵜飼を披露した鵜匠。
彼を訪ねて、チャップリンがやってきたんだという・・・・

この時のチャップリン訪問の時の名残が木の箱にしまわれていた
それはチャップリンのサイン。おなじみの山高帽を被った似顔絵の下には・・・

This my second meet is even more enjoyable than my first
(今回は一度目より楽しかった。)

当時チャップリンの通訳を務めた女性―――

チャップリンの通訳を務めた「辻種子さん」
アメリカで生まれ、長良川ホテルに務めていた辻さん
残念ながら去年6月 94歳で亡くなっていた。

三男の明さんはこう語る

「お婆ちゃんはチャップリンさんのことを
 “とてもダンディーですごく親切な方だ”と言っていた」

さらに、明さんは、母親が晩年「もう時効だから」と語られた事実を教えてくれた。
それは、本人から通訳しないよう口止めされた、本音の感想だという

「岐阜の鵜飼は情緒があると言うことで来たらしい。
 でもその時に“観光化された” 1回目来た時より観光化されたと言ったらしい」

チャップリンの2度目の岐阜訪問は高度経済成長期
団体旅行などの増加などを背景に鵜飼の見物客は増加
川沿いの道路は、ヘッドライトで辺りを照らす車の列が・・・・

現在の鵜飼は―――

この40年で鵜飼の観光客は大きく落ち込み、昔の賑わいは無くなっているが
それを逆手にとって「昔の情緒ある鵜飼を復活させよう」という機運が盛り上がっているという。

車で渋滞していた川沿いの道路を原則通行禁止に
一昨年、周辺エリアが東海地方で初めての“文化的景観”に認定された。
鵜飼の始まる時間に合わせて、長良川沿いの7件の旅館では、
看板の電気を消したり客室の証明を落としたりする地道な取り組みも。

チャップリンが「見たかった」と呟いた昔ながらの風情は蘇るのか
清流に浮かぶかがり火が揺れています